《MUMEI》

不思議な夢を見ていた。誰かを懐かしむように。
 私は美術館の喫茶店で、月光を頼りに泣いている。心細くて誰かに手を伸ばす…。その人に触れたくて。 その人は、喫茶店から見える広い庭に佇む。
私の泣き顔を優しい声で温めて……
「Yおいで。ここにおいで。何を泣いてるんだ。俺はずっとここに居て、ずっと微笑んでるよ。」
そう呟くが、月光が眩しくて顔の輪郭も、手のひらも、分からない。
 その時、私は「何また寝てるんだ。」という担任の先生の声で目を覚ました。高二の秋。授業は佳境に入ってるのに、私は何度か同じ夢を見ては泣きたいような情けない気持ちで目を覚ます。ふと気が付くと、隣の空席をぼんやり見ている 私は、放課後、その夢の意味が知りたくて、一人で美術館の喫茶店を訪れた。まずは紅茶を頼むと、しみじみ庭を観察した。庭では何やら書類の束を抱えた女性が恋人らしき男性と楽しそうに話している。
「お待たせしました。レモンティです。」
冴えない定員が紅茶を無造作にテーブルに置いた。
 紅茶に二杯砂糖を入れてくるくるかき混ぜる。
ざらざらした、砂糖の甘ったるい感覚が舌いっぱいに広がる。
 開放してある窓から庭が見え、赤いハナミズキの葉がひとひら散った。
 瞬間。女性の書類が北風に舞った。一緒に居た男性が路上で書類を拾い集める 私は、その光景が、彼女の眠っていた記憶を脅かした。

………あの時。灰色の車がTに迫って来ていたのではないか。
 私は、ふとTという頭文字を思い出した。私の尊敬する友達の名を…。
 二人で、良く、この場所で紅茶を飲んだ。そして、最近同じような体験をした彼が車道に、私の小説を拾いに行って…。
 その瞬間はどうしても思い出すことはできない。思い出そうとすると苦しさで息が止まってしまう…。
 私は、その夜、夢の続きを見ていた。
私は、なぜか喪服を着ていて、誰かと紅茶を飲んでいる。ティカップに映る、
情けない顔の自分を見た。只、ざらざらな
砂糖の時間(トキ)だけが、二人の扉を開ける。
懐かしい人に出会える
予感がする。
 私は、ハッと目を覚まし夜中だというのに美術館の庭まで急ぎ足で歩いた。月灯りにゆらゆら佇む人影Tさんの声が広い庭の暗闇から聞こえてくる。
「もう、泣かないで。これあげるから。」
と紅茶の缶を私に投げた。 二人で、飲んだ紅茶は、なにもかもさらさらとした砂糖の時間だった。
「近くに居るのね…。」
私は、抱きつこうとしたがその手は空(くう)を掴むばかりで涙が止まらなくなるそうなの。そうだったの。 愛する彼の最後の場面を思い出せない事は幸せなのかもしれない。
私は、時々彼の好きな花を買っては、彼の空席を花で埋めている。
美しい思い出と共に…



おしまい



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