《MUMEI》 「私、昭一郎と別れたのよ」 意味が分からない。 「昭一郎の大学からそんなに遠くないんだろ?別れる必要はどこにあるんだ?」 「そういう約束だったの。」 「約束?」 「契約したの、利害が一致した上でね。」 契約?利害?そんなもののために俺は振り回されていた? 「ふざけるなよ。 この俺を騙していたんだな?」 レイを殺してやりたい。 「昭一郎が大学合格するまでだったの。 騙してないわ、私は昭一郎しか見ていなかった。」 そんなことずっと前から知っている。 「意味わかんねぇ、好きじゃない相手と付き合うと相手が苦しむから止めろって……俺にはいつもそう言うくせに自分が1番苦しんでるんじゃないのかよ?」 両想いだと思って退いたのに、これなら無理矢理にでもレイを奪えばよかった。 「昭一郎のことも理解してあげて、彼だって苦しんでいるの。」 「知るか!俺だって苦しいよ! 楽しそうに見えるか?自分が苦しいからって誰かを苦しめる権利はない!」 俺はいつも女性とは身体までの付き合いにしていた。 それを皆合意の上で付き合っていた。 どんなに求められても抱くときだけ応え、俺なりに真摯な対応をしていたつもりだ。 結果的に彼女達を苦しめても、俺を理解してくれているので大事には至らない。 俺なりの信念の下でやっているから後ろめたさはない。レイへ対する想いのはけ口に利用していたことも否めない。 それが一層俺を荒ませていたことも。 念願の昭一郎と一緒になれたから見苦しい真似はしまいと努めた。 ところがレイのこの顔は何なんだろう。 俺よりも崩れてしまいそうな顔をしている。 怺えながら震わせた肩を止めてやりたくて胸に抱き寄せる。 「……いや」 彼女の両手が俺の胸の中でワンバウンドした。 その衝撃は計り知れなかった。 そうまで俺を否定するか? 抱かせていたときだってこの腕の中で一度も眠らなかった。 女ではなく、まるで子供を躾る母親のようだった。 俺の男としての人格を否定するのか? 「俺のオンナになれよ」 「だめ。だめなの。」 「レイはやっぱり俺の母親で在りたいんだ。昭一郎は俺の父親で……いや、そんな思考さえ阻まれるんだな。 もう、昔みたいに戻るのも許されないのか?」 俺には何一つ残されていないのか。 前へ |次へ |
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