《MUMEI》

「なに……?」

自然と羽田は呟いた。
凜は真剣な表情でその影を見つめている。
やがて、ゆっくりと煙が晴れていった。
その中に立っていたのは、見慣れた動物の姿。

「……犬?」

「静かに」

凜は目線を動かすことなく、小さな声で言う。

 二人の前に立つ大型の犬は、一見して雑種のように思える。
それは、じっと動かず凜を見ているようだった。

動物には自分たちの姿が見えるのだろうか。

疑問に思いながら、羽田は様子を見守る。

やがて、羽田の頭に乗っていたテラが低く唸り始めた。

「テラ?」

羽田の呼びかけにも、テラは答えない。

「……マボロシ」

「え?」

凜の声に反射的に羽田は聞き返した。
同時に、謎の犬は威嚇するように身構えて牙を剥き、唸り始めた。

「先生」

「え?」

「どうやら、このマボロシにはわたしたちが見えているようです」

「これ、マボロシなの?」

「……犬に見えますか?これ」

言われて再び目を向けると、さっきまでは犬であったはずのそれは、すでに別の生物へと変貌していた。

口は裂け、耳はナイフのように鋭く尖り、体からは毛がなくなっている。
見たこともない、気味の悪い生物がそこにいた。

「なに、これ」

「これがマボロシです。マボロシは、その時々によって見た目を変える」

凜が説明している間にも、マボロシの唸り声は大きくなっていった。
いつ襲い掛かって来てもおかしくない様子だ。

「わたしたちが見えるってことは、触ることも?」

「わかりませんけど、多分……」

言いかけた凜の声をマボロシの咆哮が掻き消した。

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