《MUMEI》
直哉
「暫く顔出せないけど、リハビリ頑張って」
俺は直哉にそう話かけた。
毎日の様に病院顔出してるけど、本当回復が目覚ましい。
始めは何も話せない、躰も動かせなかったのに、今では自分で
ベッドから車椅子に移れるまでになった。
ただ今までの記憶がかなり抜け落ち、しかも相手に言葉が上手く伝えられなくなってしまっているらしい。
でもまだリハビリが始まったばかりなのにここまで状況が回復したのは奇跡的な事らしいから、きっとまだ…元に戻る可能性だってある筈だ。
「本当裕斗君が来ると直哉は嬉しそうなんだから、ちょっと売店行ってくるからお願いね」
直哉の母さんは病室を出て行った。
直哉はニコニコしながら俺を見たり外を見たりしている。
直哉の中で今俺がどんな存在なのか、必要とされているのかどうか、何も分からない。
少なくとも多分、俺達が付き合っていた期間の記憶はすっかり抜け落ちている。
いや、俺の事だって覚えているのかさえ分からない。
毎日の様に顔を出しているから笑いかけてくれているだけかもしれない。
でも…、
「なお、もっと良くなったら洋服買いに行こうなー」
直哉は窓の外の夕焼けを楽しそうに見つめている。
――無邪気な、曇りのない透き通った眼に生まれ変わった直哉。
直哉はいつも俺の傍にいてくれた。
俺もいつも傍に寄り添わずにはいられなかった。
恋した事ないなんて
とんだデタラメだ。
ウソっぱちだ。
直哉と正面から向き合う自信が無くて都合の良いように言い訳してただけだった。
俺は車椅子に座る直哉の正面に回った。
膝を折り直哉を見上げ、頬を両手で包んだ。
「愛してくれて有難う、恋を教えてくれて…有難う」
俺は、初恋の相手の唇に、自分の唇をそっと重ねた。
懐かしい感触、でも匂いが違うけど。
抱きしめなれた背中に腕を回し抱きつくと、何だか安心して胸が詰まって…、涙がどっと溢れだした。
「なおー、なおー…」
見上げると直哉はまだ外を見ながらにこにこ笑っている。
「いーもん、いーもん!一方的に甘えてやるもん」
つか俺、直哉にこんな甘え方した事なかったな、
…したらきっと甘やかしてくれたんだろうな。
「して…あげなくてごめんな、いつの間にかなおの事好きになってて…、でもいつの間にか気持ちが離れてて…、その事全部気がつかないで過ごしてた、勝手な俺で…ごめん」
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