《MUMEI》

あの時計を見間違えるはず無い。
高校の入学祝いにモエ姉ちゃんが貰ったもので肌身離さず付けていた。


モエはレイの姉であり、昭一郎より3ツ年上だ。

高卒で社会人になり、一番年上のせいか俺達とは少し大人な印象だ。

いや、大人しかっただけかもしれない。
俺達が外で駆け回っている間飽きもせずに家で静かに本を読んでいるような少女だ。

妹のレイとはなんとか話せたが男を前にするとしどろもどろになり全く駄目だった。

頭もそれなりに良かったので公務員試験を受けすんなり合格したという実力がある。

そのまま田舎を離れて……そう昭一郎の住む町側に行ったんだ。

つまり、昭一郎はモエ姉ちゃんを追いかけたことになる。

昭一郎の想い人はモエ姉ちゃんなのか……

そう考えれば納得がいく。レイは妹だ。
妹なら言い方は悪いが、代わりになるかもしれない。


「何考え込んでるの?」

愛知はすぐ寝の体勢に入っている。

「牛になるぞ」

愛知の細さじゃ牛は無理だが。




ガチャ

ドアが開く音がすると、無性に逃げ出したかった。

「おっかえりー」

愛知は玄関に向かって満面の笑みを披露する。

「国雄……!」

昭一郎は純粋に驚いたようだ。

「母さん達に無理矢理探りに行かされた」

やっぱり会いたくなかった。

「会った途端しょげてしまったね。」

愛知にからかわれたようだが反論の余地が無かった。
会うまではあんなに息巻いていたのに、本人を前にすると空気の抜けたエアクッションのようになってしまった。

それだけ俺は衝動的だったようで、昭一郎のことを憎み切れずにいた半端ものでもあった。

それが悔しい。

「なー、着替え貸してやれよ。国雄が泊まりたいってさ。」

愛知は昭一郎にすぐ余計なことを言う。

「明日は部活だろ、大会も控えているのにサボるのか?」

何その真面目。
自分だって散々遊んでいたくせに。
俺が去年気まぐれで言った一言が原因で始まった刃傷沙汰で二、三日謹慎してたときも無関心だったのに。


「……泊まる。」

言ってから後悔した。
ガキの喧嘩かよ。
しかし、俺の判断を変えさせたりなんかしない。

「自分で電話しろよ、俺に代われって言ってもいないって言え。」

昭一郎に溜息をつかれた。こっちまで疲れるような低いやつだ。

「じゃ、今夜は三人で川の字だね!」

愛知は子供のように両手を叩いて喜んだ。

「お前は帰れ。」

欝陶しそうに昭一郎は眉根を寄せた。

「やだやだやだ、国雄ともっとお話する!」

愛知に気に入られた?

「じゃあ家に電話しろよ。心配させるな。」

愛知は一人暮らしでは無いらしい。

「自分は居留守使うくせに!ねぇ?」

「……はあ?」

急に俺に振るので気の抜けた返事しか出来なかった。

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