《MUMEI》
逃げる
その直後、羽田の背後で爆発音が響いた。
羽田は恐る恐る振り向くと、さっきまであったはずの瓦礫の山が綺麗に無くなっていた。
その周りには黒い煙がうっすら舞っている。

「先生、走って!」

突然手を掴まれた羽田は、引きずられるように起こされ、足をもつれさせながら凜と共に走った。
背中にマボロシの声が響く。

「ねえ、今のってなに?」

息を弾ませながら羽田は聞く。

「さあ。よくわかりませんけど、マボロシはよく吠えたあとに攻撃を仕掛けてくるんです」

振り向きもせず凜は答えた。

「でも、わたしたちに効くかどうかわからないのに……」

そこまで言った時、羽田は凜の右肩が赤く染まっていることに気がついた。

「津山さん?肩……」

「ええ。あの時、何かがかすっていきました」

「じゃあ、マボロシは」

「わたしたちに触れることができるみたいですね」

凜はちらっと振り向いた。
つられて羽田も後ろを見る。
そこに、マボロシの姿はなかった。
二人は自然と走るスピードを緩め、やがて角を曲がったところで足を止めた。

 肩で荒く息をしながら羽田はその場にしゃがみ込む。
昔と比べ、ずいぶん体力がなくなったと実感させられる。
学生の頃はまだ運動をしていたのだが、ここ最近はまったくだった。
比べて凜は、僅かに息があがっているものの、羽田ほど疲れ切ってはいない。
彼女は警戒するように、周囲に視線を走らせていた。

「まだ、走れますか?」

「い、いや。ちょっと、無理。休ませて」

羽田は片手を挙げて情けない声をあげる。

「先生、体力なさすぎですよ」

呆れたような凜の言葉に、羽田は言い返す気力もなかった。

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