《MUMEI》
真一文字
学祭が終われば遠征だ。



「おとやー、緊張してきた」

「酔い止め飲んだか?」

乙矢の肩に寄り掛かってバスを待つ。
三度目なのに緊張した。

「馬鹿と仲直りしたんだろ?」

耳元で乙矢が囁く。馬鹿というのは七生のことだ。

「……微妙にまだ喧嘩中」

花火のとき確かに折れそうだったけど、強情七生は謝らなかったのだから。
しかも、七生には神部がぴったり付いているし。

「シワ。」

眉間を乙矢に突かれた。

「……俺が謝らなきゃ駄目なのかな?」

「馬鹿を甘やかせるな。俺に付いてるのを目の当たりにしながら頭冷やせばいいんだよ。
七生なんて心臓に毛が生えたような男だ、勝手に朗読でも何でもするさ。」

……ハイ、考えていること読まれてましたか……。
七生が本番前に緊張したらどうしようとか考えるだけ無駄ですね。

「キスしたくなったらいつでもどうぞ?」

明らかな変態発言をも打ち砕くような優雅さで微笑む。

「それはいい」

浮気はしないって約束だから。




なんだか乙矢といると引きずられてキスをしかねないので高遠とバスを隣り合わせにしておく。

「先輩なんか俺に懐いて来てません?」

高遠が真面目に聞いてきた。

「だって高遠って楽なんだもん。」

高遠は昔の刺々しいかんじが薄れた。前は進んで孤立しようとしていたけれど今は自然と独りの空気を作り出している。
作ったというよりは生まれながらの気品が凡人との格の違いを見せ付けてくれて自然に遠巻きにしているという表現が正しいか?
そのくせ本人は切なそうに、まるで乙女が彼氏の連絡を待つような表情をする。純情で高貴なお姫様みたいだ。

乙矢に迫ったものとは別の空気を纏っていた。

高遠に相応しい人間が存在していたことに安心する。
見え隠れする影を追ってつい高遠に話しかけてしまっていた。

「先輩くらいですよ俺に話し掛けてくる人は。」

呆れられているのか高遠は微かに笑みを浮かべている。流石芸能人、格好よく笑う。

高遠は芸能人っぽさはあまりかんじられない。
彼曰く、空気が合えばそれなりに付き合うらしい。確かにエセくさい笑い方を俺達にしなくなった。

「先輩は合わせるのが上手いからつい口が滑りたくなる。」

口が滑る?高遠のおっしゃることは難しい。

「高遠が丸くなったんだろう?むやみに噛み付かなくなったし。」

静かというよりはおしとやかになったというかんじ。刺々しさが無くなったらなんだか真面目な印象だ。

「……躾が行き届いてますから。」

「はあ?」

「私事でーす。」

その発言は意味深な。

「つか、飽きませんね。新しいプレイすか?夫婦喧嘩プレイ。」

俺をからかいながら嘲笑する。

「誰が元凶だと……いや言い訳だね。
今俺も躾中なの。しかも猛獣(中身も下半身も)。」

あの野生児に辛抱を覚えさせたい。

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