《MUMEI》 (生きることを強いるこの世から、俺を連れ去って……) 夢現に、そんな言葉が聞こえた気がした カーテンを閉め忘れた窓から差し込んでくる朝の陽に強制的な目覚めを迎えてみれば目の前に、見覚えのある顔が何故かあった 「……テメェ、なにしてやがる。ってかどうやって入った?」 その顔はつい昨日、幻影を寄越せと言い寄ってきた少年 さも当然とソコに居座る相手へ、訝し気な顔をむけ 平然としたその様に溜息が止まらない深沢だ 「表戸、開きっぱなしだったから、そこから堂々と入ったけど?」 全く悪びれていない様子の少年 多分、この少年には常識など通じないのであろうと、それでも深沢は一応は言って聞かせてやる 「威張っていうな。家宅侵入ってんだよ、そういうのは」 「知らない顔って訳じゃなし、別にいいだろ」 「いいわけねぇだろ。馬鹿じゃねぇのか」 溜息混じりに愚痴ってはみるものの 言うだけ無駄だ、とすぐにやめた 暫く無言での睨み合いが続き その沈黙は、すぐあとに鳴った物音にて打破される 深沢は舌を打ちながらベッドから降り客人を招き入れた 「あら、珍しい起きてたの」 迎え入れた客人は昨日、深沢へと悪態をついたその人物で 何か用らしく、その腕には紙袋が抱えられていた 「……どいつもこいつも朝っぱらから何の用だよ」 またしても露骨に嫌な顔をして向ける深沢へ、相手は持っていた紙袋を渡してやる 中には錠剤の山 受け取るなり深沢は適当にその錠剤を掴んで取ると口へと放り込む 「相変わらず適当な飲み方だこと。きちんと飲まないと却って体痛めるわよ」 「そんなの今更だ」 忠告を聞く様子のない深沢に 相手は溜息を1つついてその場を後にした 残された二人 だが何を話すでもなく深沢は再度布団へと潜り込む すぐさま聞こえてくる寝息 顔を覗きこんでみれば、だがその顔に穏やかさはなく 眉間には深々しい皺ばかりがあった 「眉間、すげぇ皺」 せめて眠る時くらいは解してやろうとソコへと指先を伸ばす 触れる、寸前 「寝てる時に下手に触ると噛みつかれるわよ」 声が少年を引き留めた すぐに手を引き声の方を見ればつい先程の女性が 目が合うなり少年へとビニール袋を手渡してくる 「それ、渡し忘れてたわ。深沢に渡しといて」 何かと中を窺えば、そこに入っていたのは注射器とアンプル 使用目的を尋ねてみれば 「……そうね、これはあなたが持ってた方がいいかもしれない」 との返答 意味が分からず首を傾げる少年へ、説明を始めてやる 「あいつね、幻影の所為で時々おかしくなることがあるらしいの」 「おかしくって、どんな風に?」 「私は実際に見たことないから解らないけど、とにかく気をつけてた方がいいわよ」 いざとなったらそのアンプルを使え、とだけ言い残し彼女はその場を後に 結局何一つ説明はなく、少年は肩ばかりを落としてしまう 「…これ、一体何なんだよ。大体何で俺がこんなもん……」 壁を背に座り込み、紙袋の中を覗く 見れば見る程薬ばかりで、だが眺めていても仕方がない、と無造作に床へと放って投げた 次の瞬間 頭上に、不意に影が現れた 見上げて見れば、ソコに立っていたのは寝入ったばかりの筈の深沢 その表情にはどうしてか生気が感じられず 呆然としてしまう少年の身体に深沢の手が伸びてきた 「な、何?」 文句も言いかけで勢いよく床へと押し倒されて唇を塞がれる その声は、途中で意味のないそれへと変わってしまっていた 一体どうしたというのか 深沢の変貌振りに訳がわからず、だがすぐに彼女の言葉が思い当った ―おかしくなる、だから気をつけろ― 今がまさにその時で 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |