《MUMEI》
転倒
「レッカくんって、あんなのを相手に戦ってるの?」

ようやく普通に呼吸ができるようになり、羽田は立ち上がった。
まだ、足元がおぼつかない。

「そうですね。まあ、彼の担当がどこなのかわかりませんけど」

凜はまだ周りを警戒しながら応えた。
つられるように羽田も視線を走らせるが、辺りは静かだった。

「それで、どうしますか?行きますか?戻りますか?」

ひとまず危険はないと安心したのか、凜の声のトーンが若干上がった。

羽田は悩んだ。
さっきの出来事で、羽田の推測は正しいことが証明された。
 マボロシには少なくとも羽田と凜の姿が見えているのだ。
ならば、逃げ遅れた人を助け出す手伝いはできるだろう。
しかし、予想外だったのはマボロシの攻撃が自分たちに効くということである。

 羽田は「どうしよう」と呟きながらふと空を見上げた。
そこに、犬がいた。

「え………!」

崩れかけたビルの上に立つその犬は、間違いなく羽田たちを襲ったマボロシ。
低く唸り声を出しながら、羽田たちを見下ろしている。
 凜は一瞬のうちに状況を理解したのか、羽田の腕を引っ張り、走り出した。

「やっぱり、犬型なだけに鼻が効くんでしょうか」

走りながら凜は冗談とも本気ともとれる口調で言ったが、羽田にそれに応える余裕はない。
すでに足腰は限界まできている。
なかば引きずられるような形になりながら、羽田は走り続けた。
しかし、それも長くは続かなかった。
 羽田は自分の足に引っ掛かり、転倒したのだ。
拍子に羽田の腕を掴んでいた凜の手が離れてしまった。

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