《MUMEI》
動かぬマボロシ
羽田の真後ろにはマボロシが勢いよく走ってきている。

 羽田は恐怖のあまり声を出すことができず、ただ無我夢中で近くにあった何かを掴み、後ろへ突き出した。

「ガアッ…!」

直後、マボロシの声が耳元で響いた。
しかし、それ以上は何の音も聞こえない。

「……先生」

凜の声に、羽田はいつの間にか閉じていた目をゆっくりと開いた。
すると、すぐ前にはなぜか呆然とこちらを見つめている凜の姿があった。

「津山さん?」

「先生、それ……」

そう言いながら凜は羽田の後ろを指差した。
その先を羽田も振り返る。

「……うそ」

そこには今にも羽田の頭を食いちぎらんと、マボロシが牙を剥いていた。
しかし、なぜかそこから動こうとしない。
羽田はゆっくり視線を下へと移動させる。

「なに、これ」

マボロシの腹部には深々と鉄の棒が突き刺さっていた。
体を反らして向こうを見ると、その棒はマボロシの体を貫通していることがわかった。

 羽田は驚きと恐怖に絶句しながらも、なんとかマボロシから離れ、凜の横まで移動した。
するとマボロシはゆっくりとその場に倒れ始め、やがて徐々に消えていった。

二人は、ただ呆然とその様子を眺めていた。

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