《MUMEI》
再会
「し」

彼女の名前を全部呼ぶ前に、オレはビンタをくらっていた。

「な…何すんだ!」

しゃべっている途中だったからか、口の中を切ったみたいだ。

「何すんだよ、は私のセリフでしょ!」

「しお…汐莉」

オレは何もかも思い出していた。拭い去りたくてもできない記憶を。

―約10年前

「本当にいいのかよ。どうしても黙って行くのか?」
「ああ。前から決めていたことだ」

「でも高春」

「いいんだってば。これはオレと汐莉の問題だから」
オレは島で神童と呼ばれた頭脳の持ち主だった。高校まではこっちに通っていたが、先生達がオレをしつこく東京へ行かせたがった。オレは力試しで受けた東京の大学に合格し、上京が決まった。

汐莉は反対はしなかったものの、オレが相談せずに東京行きを決めたことにすごく腹をたてた。彼女の怒りはなかなかおさまらず、オレも機嫌をとることがバカらしくなり、出発の日も知らせなかった。

「おい、高春。そんな意地張ってどうする?意味ねえんだって」

「……………」




―結局、その後汐莉とは連絡を取らなかった。

自然と音信不通になり、島の友人達も話題に出さなくなっていった。

「汐莉、ごめん。オレ…変な意地張ってた」

「あんたのことだから、そういうことだと思ってた」
「じゃあ何で」

「いつまでも気持ちを口にしてくれないままじゃ私、寂しかったから」

そう言うと汐莉はうつむいた。
汐莉はストレートな性格で、恥ずかしがらずに自分の気持ちを表現できる子だった。

付き合うきっかけももちろん汐莉だったし、オレは彼女を見習おうと結構努力していた。

「今…どこに住んでんの?」

「こんな時期に普通帰ってくる?ここに住んでるに決まってるでしょ」

「け…結婚とかしてたりする?」

「さあね。そっちこそこんなところで何してんの?」
「オレ普通じゃないから、こんな時期に帰ってきたんだよ」

「……何で?」

「……逃げてきたんだ」

「何から?」

「秘密」

汐莉はふーんと言って、足下の土をサンダルの先でつついた。

「いつまでいるの?」

「わかんねえ。気が済むまで…かな」

汐莉は何にも変わっていない。肌もきれいだし、髪も黒々とつやがある。化粧はまったくしていないみたいだ。10年前と同じ姿でオレの前に現れた。

「汐莉。明日も会える?」

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