《MUMEI》

「僕は別に虐められていると思わなかったよ。

どうしたって佐藤君が僕に聞いてくるんだ。仕方なく言いくるめられた。

僕はこんなだからすぐ付け入りやすい。でも相手が自分以下の卑下する僕を見つけたのだからそこに留まって支えてあげるのも事実。

それに前から転勤は決まっていたんだ。我慢すれば良かっただけ。」

夏川が言いたいことは佐藤との思考の違いだ。
わからないことを自分の常識で測ろうとする煩わしさ。


「佐藤は気付いてたんじゃないだろうか」

あいつのフォローは癪だけど。

「彼は正義を振りかざしてヒーローになりたかっただけだよ。彼も僕に付け入ってきた一人だ。」



「お前も少し気になっていただろ。」

虐めていた奴らのうちの一人を。
佐藤は握手したあと言った。

『夏川のこと支えてやって。俺にはホントのこと話してくれないみたいだから』



気付かれた。
だからあんなビラ作ったんだ。
キスさせて夏川の本質を確信した。

夏川が暴露したがっていたことも気付かれてた。

だからこんな回りくどいことをしたんだ。



「……佐藤君が僕を自由にした?」

夏川も考え込んだ。

「ヒーローって面してないだろう?」

夏川を友人として助けてやったんだ。そうじゃなきゃあんな託すような握手はしない。

「……そう、佐藤君は知っていたのかな。」

「そうに決まっている」

「違う、男が好きだと気が付いた僕は彼に恋していたときの僕だったのかなって……」

砂の山が漣で崩れ落ちる瞬間の諦めの笑顔だった。

気付かれまいと一人積み上げたものが呆気なく消えてゆく、逆らうわけでもなく過程を思い出しながら一番懸命に作り上げた時間を思い出すのだ。
その輝いていた時を見守っていて欲しいと過ぎた時間へ願いごとをかけるみたいに。


「明日引越し?」

感傷的なものを一掃する。

「そう、別れは寂しいね。また雨に濡れてしまう。」

「明日、ビニール傘やる。」

そうすれば濡れない。

「君を好きな理由教えてあげようか?」

夏川は最後に一つだけ教えてくれた。

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