《MUMEI》

志穂は、苦笑しながら震える声で言った。

そこには…
無数の小さな切傷の跡と、おそらく、煙草を押し付けたであろう火傷の跡があった。

『他の男』とは、志穂に暴力を振るっていた、元夫の事だろう。

「だから、私と慎君が、そういう事になる事はないから安心して」
志穂が、ボタンをとめながら笑った。

俺は、気まずさから言った言葉が志穂を更に傷付けた事に、深い罪悪感を感じた。

「悪かったな。
そういえば、今日は、その、大丈夫だったか?
…警察」
「…正確には、警察で刑務所の住所聞いて、そこで面会したんだけどね。
…いつもと同じで、ひたすら、謝られたわ。
あの人は、自分では私を傷付けたくないと思っていても、どうしても、そういう、衝動…暴力を抑えきれないのよ」

先程よりは、しっかりした声で、志穂が説明した。

「そ、…ハッ、ハクション!」

俺が、「そうか」と言おうとする途中で、大きなくしゃみをすると、志穂がクスリと笑った。

「もう、九月も終わりなのよ?いつまでもそんな格好してたら風邪引くわよ?」
「…」

俺は、無言で机の上のペットボトルを持ち、志穂を追い詰めた時に、床に落とした衣類を拾った。

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