《MUMEI》

 「……」
深沢が目を覚ましたのは、丁度少年が出かけて直後の事だった。
傍らにない幻影に体ばかりが怠く、それでも何とか身を起こせば
テーブルの上に、何か紙切れがあることに気付く
取って、見てみれば
(買い物に行ってくる 滝川 奏)
とだけ書かれており
その書き置きに、深沢は苦笑を浮かべた
「帰ってくる気かよ、あのガキ。」
行ってくるということは帰ってくる、ということで
それを迎え入れてやる義理は深沢にはなかったが、そんな事はもはやどうでもよくなりかけていた
どうせすぐに飽きる
他人など自分から離れてしまうのだ、と
そんな事を一人考えながら、何気なく窓際まで歩いて行けば
「……離せってば!テメェに関わってるは暇なんかねぇんだよ!」
聞き覚えの喚き声が外から聞こえてくる
覗き見てみれば
男に絡まれている少年・滝川の姿があった
見るに愉快ではない光景
深沢は溜息を1つつくと、二階にある自室から窓越しに外へ
降り立った処は丁度、滝川と男の間だ
突然の深沢の登場に唖然とする両者
深沢は構わず、奏と滝川の名を呼びながら手を引き、そして腕の中へ
抱いてやり、耳元へと唇を寄せる
「テメェ、買い物行くとか書いてなかったか?何で家の前で野郎と揉め事なんぞ起こしてやがる?」
呆れた様な物言いで
それが気に障ったのか、滝川は珍しく子供の様なふくれっ面を見せて
重ね合わせていた両の手を、深沢に向けゆるりと開いていく
そこにあったのは、幻影だった
「買い物から帰って来たらこいつ居たから。連れて帰ろうと思って」
「何で?」
「べ、別に意味なんてねぇけど。…唯、こいつ居ないとアンタ、しんどそうだし」
「で?その途中でそこの野郎に絡まれた、と」
事の次第を大方理解し、深沢は僅かに肩を揺らした。
死ぬ為にと幻影を欲していた筈の滝川が、自分の為にと蝶を連れ帰ろうとしていた事実が、何故か可笑しく思えてしまったらしい
そのまま幻影を持って逃げればいいものを
それをしなかったのは、この少年の心根が優しいからなのだろうと、その頭を掻いて乱していた
「キ、キミが幻影の宿主かい?」
二人の会話の最中、男の声が割って入ってきて
その問いかけに深沢が答えるより先に、幻影が傍らへと寄り添ってくる
肩の上へと乗ると羽根を動かして
幻影の持つ黒一色の鮮やかさが、相手ばかりではなく、周りの野次馬共すら魅了した
「頼む!それを譲ってくれ!金ならいくらでも払うから!」
必死になって幻影を欲する相手
何故にこんなモノを皆求めるのか
その心理が深沢には理解出来ず、腹が立ち相手の鳩尾へと脚を蹴って入れた
「ばーか」
蹲る相手へそれだけを返し、足早に家の中へ
戻るなり、深沢はまたベッドへと身を寛げていた
外からは未だ人の騒ぐ声が聞こえ、ざわめきが耳に喧しい
「なぁ、外いいのか?」
「別にいいだろ。ほっとけよ」
「けど……」
「それより」
ここで一度言葉を区切ると、滝川が持っているスーパーのレジ袋へと視線をやった
一体何を買ってきたのかと尋ねてみれば
「メシの材料買いに行った。この家何もねぇし」
買った物を卓上へと並べ始めた
ソコに並んだのは言った通り全て食材で
だが、あまりにも統一性のなさすぎるソレらに深沢は苦笑を浮かべた
「……カレーのルーに白菜、ね。お前一体何作る気だ?」
「カレーのルーでカレー以外何か出来るか?カレーライスに決まってんだろ」
自信有り気な滝川
深沢は己が手の内にある白菜をまじまじ眺めながら
「間違ってもコレは入れてくれるなよ」
と、忠告ではなく切実な懇願
しかし滝川は首を傾げ何故かと問うてくる始末だ
「テメェ、生まれてからこれまでで白菜入りのカレーなんぞ食ったことあるか?」
「無ぇよ」
「だろうが。そもそもカレーに入れるモンじゃねぇんだよ。白菜ってモンは」
言って聞かせてはやるものの、聞き入れられたかは定かではなく
変なモノを作られる前に、と
荷の中にあった食パンを取り、ガスコンロの火で直接焙って焼き始めていた
焼ける、を通り越し焦げる匂いが部屋中に漂い
二枚焼いた内一枚を滝川へと銜えさせてやる
「……トースター位持ってねぇの?俺、食パンそんな焼き方する奴初めて見た」

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