《MUMEI》

カチャリッ

私を、障害者用トイレに連れこんだ『その人』は、スライド式のドアを閉めると、カギをかけた。

「これで、ゆっくり話せるな」

『その人』は、ニヤリと笑った。

「ど…して」

ここに、いるはずないのに。

県外に、いるはずなのに。
母さんが雇った、私の代理人の弁護士が、『二度と会わない』と、約束させたはずなのに。

私の記憶の中の姿より、痩せた『その人』は、また、ニヤリと笑い、私に近付いてきた。

私の頬を撫でながら、嬉しそうに言う。

「出張で、偶然、帰って来たんだよ。
会いたかったぜ。
やっぱり…俺達は、一緒にいる運命なんだよ、志穂」
―と。

目の前にいる『その人』は、私の元夫―
高原 良幸(たかはら よしゆき)だった。

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