《MUMEI》

「ごめんね、大兄さん。また迷惑かけて」
「…」

私の言葉に、大兄さんが、悲しそうな顔をした。

「大兄さん?」
「…すまない」

?

私は、大兄さんが、何を言いたいか、わからなかった。

すると、大兄さんは、私の左頬にそっと触れた。

正しくは、頬のガーゼに、だが。

「?」
「…すまない。 残るんだ、『これ』」

『これ』

…良幸さんが私に付けた、ナイフ傷だ。

私は笑った。

(今更…)

傷が一つ増えた、だけだ。
「志穂?」

「…何でもない」

私は、話題を変える事にした。

「父さんと、母さんには、連絡したの?」

「…あぁ」

大兄さんは、海外出張中の両親と、定期的に連絡をとっていた。

「…帰って来ないでって伝えて」

帰ってきたら、『お試し期間』が終わるかもしれない。

私は、

…『キズモノ』でも、仲村君の側に、できるだけ長くいたかった。

「それは…」

「帰ってきたら、嫌いになるからって伝えて」

『嫌いになるから』
心にも無いセリフだが、両親は私のこの一言に、弱い。

「わかった」
「ありがとう」

大兄さんは、渋々私の伝言を両親に伝えた。

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