《MUMEI》

―その時。

「何をしてるんですか!」
大声を上げながら、こちらに近付いてきたのは…

「楓(かえで)さん」

看護主任で、大兄さんと同棲中の、櫻井(さくらい) 楓さんだった。

「あ〜 主任さん、どうも」
「どうもじゃないです、渡辺さん! 患者を泣かせるなんて!」

楓さんは、渡辺さんを見上げ、睨んだ。

楓さんは、身長150センチで、小柄で可愛い女性だ。
その外見に似合わず、気が強く、動きに無駄がなく、テキパキ行動する。

「はいはい、すみません。
じゃあ、高山さん。
もし、お願いきいてくれる気になったら、署まで来て下さいね」

「あの、背中の傷って…」
私は、話の続きが気になって、尋ねた。

「…君と、同じ傷が、彼にもあるんですよ」

『私と同じ傷』

私が驚いていると…

「あ、そうそう」

思い出したように、渡辺さんが、

…とんでもない事を言って去っていった。


「『志穂が来なかったら、携帯の男を連れてこい』って言ってるんですよ。

あなたに断られたら、その人に頼んでみます」


―と。

「志穂ちゃん?!真っ青よ!」

私は、無言のまま、楓さんに付き添われて、病室に戻った。

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