《MUMEI》

 僕がぼんやりと彼の後ろ姿を見つめていると、彼が僕より数メートル先のところで、急にぴたりと立ち止まった。
 僕も彼と一定の距離を保ちながらその場に立ち止まる。
 彼は広げたままだった傘をとじて、くるりと僕の方へ振り返った。
 彼のさらりとした前髪も、湿気のせいでぺたりと額にくっついてしまっている。けれどその額の下にある大きな二つの瞳は、相変わらず綺麗に澄んだ色をしていた。
 あの澄んだ瞳はこの暑さを本当に感じているんだろうかと、僕は馬鹿なことを考えてしまった。
 だって、彼の僕を見つめる瞳が、涼しげというより冷めた瞳をしていたから。
 彼は僕の方をじっと見たまま、全くといっていいほど目を逸らそうとしない。
 あぁ……。
 鼓動が早まり、顔が熱くなるような錯覚を覚える。

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