《MUMEI》
狙われた蝶
 日が昇る直前の真夜中
中途半端な時間に寝入った為に寝付けずにいるらしい深沢が一人
椅子へと腰掛け、月を愛でながらの晩酌をしていた
今宵、満月
電気をつけていない暗闇の部屋に差し込んでくる月光に、幻影がソレを求めるかの様にその元に身を晒す
何をするでもなく、唯その様を眺めて暫く後、微かな物音を立て滝川が目を覚ました
「……アンタ、寝ないの?」
まだ眠いのか、眼を手の甲で擦る滝川
どうやら起こしてしまったらしく、すまんと短い謝罪
滝川は緩く首を横へと振り、何を思ったのか深沢の膝の上へ
「何?」
滝川の取る意外な態度に、だがそれ以上訳を問うことはせず滝川の気が済むようにさせてやる
その背をゆるりと叩いてやれば、身体から力が抜けていった
「無理して起きとく事ねぇだろ。さっさと寝ろ」
髪を梳いてやればその瞼は落ちていき
寝入った滝川を横抱きに抱えると、深沢は寝室へ
寝かせて頭を撫でてやり深沢がまた居間へと戻ってみれば
「アンタもやっぱり人の親ね。優しそうな顔しちゃって」
いつもの女性の声
こんな真夜中に非常識と思いはしたがあえて言うことはせず
何用かを、端的に問う
「アンタに、知らせといたほうがいいかなと思う事があってね」
改まったような彼女が深沢へと差し出して見せてきたのは、新聞
その細い指が差して示したそこには
とある大富豪が長年掛けて収集した蝶の展覧会開催の記事が
一応は眼を通し、だがこれが一体どうしたのか、と相手へ怪訝な顔だ
「……アンタに文章読解なんて求めた私が馬鹿だったわ」
呆れたように呟いて、彼女の指がまた記事を指して示す
そこには主催者の名で(高宮 真昼)と、記されていて
深沢は、あからさまに嫌な顔をして見せた
「その内、アンタにも私にも召集がかかる筈よ。アイツは見せ付けたいのよ。自分が手塩に掛けて育てた蝶たちをね」
「悪いが、ご免被る」
「でしょうね。アンタにとってあいつは憎むべき相手ですものね。(あの時)の事、私だって未だに忘れてなんていないもの」
彼女が語る(あの時)とは昔
深沢が何故に幻影をその身に戴く事になったかを物語るソレで
だが途中、突然に声が途切れた
「……ゴメン、深沢」
深沢へと深々と頭を下げて
それは、思い出したくもないだろう過去を、本人に向けぶちまけてしまった事への謝罪
対して深沢は、笑うような、溜息の様な声を微かに漏らす
忘れられる筈などなかった
病気だった妻子を助ける為、実験体として自身を売った時のことは
『二人を、助けたいでしょう?深沢。それならば私に協力して下さい。丁度探していたんですよ。実験体をね』
耳障りでしかない声
それでも、その時はその声に縋るしかなく
縋りついた揚句が、妻子の死、強いられた永遠だった
「……アイツは、高宮は最初から二人を助ける気なんてなかった!唯、幻影の研究の為だけに……」
段々と声を抑えきれなくなっていく彼女
それを途中で、深沢が唇に指を当て止めていた
「……あんま喚いてくれるな。奏が起きる」
「そう、だったわね。ごめんなさい」
帰る、と一言で話は終わり
彼女はその場を後に
一人きりで部屋には静けさが戻り、酒をまたグラスへ
透明な液体が段々とその中に満ちていき、溢れる様を唯々眺めていると
不意に、背後からの物音
どうやらまた滝川が起きた様だった
話が聞こえていたのか、その表情には曇りが窺える
「情けねぇ面」
こっち来い、と手を引き滝川を膝の上へ
やはり眠いのか、深沢の膝の上で船を漕ぎ始める様に穏やかに叩いていた
自身より高い体温
子供(と言っていいのかわからないが)が持つ独特の高い体温に、深沢は何故か安堵を覚えた
「……人間なんて放っときゃその内イヤでもくたばる。だからそう死に急ぐな。テメェがこの世に何を憂えてるかは知らんが、普通に生きてりゃその内いい事の一つ位あるだろうよ」
言い聞かせてやるかの様に耳元で呟いて
だが完全に寝入ってしまったらしい滝川からの返答は無く
深沢は滝川を連れベッドに入ると、ようやく寝入ったのだった……

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