《MUMEI》

 翌日は、ひどく表が賑やかだった
そのざわめきに、だが気に掛ける様子もない深沢は滝川と食を囲んで食事を取っている
少ない副食で大量の米を食べ続ける深沢
山盛りに盛られたそれをあっさり完食すると
「奏、もう一杯」
とごく自然に滝川へと茶碗を出して向ける
自然にそれを受け取る滝川
そのやり取りはまるで夫婦の様なそれだ
「アンタ達、平和ねぇ」
戸が開く音と、溜息混じりの声が鳴り、随分とめかし込んだ女性が現れた
煌びやかなドレスを身に纏った姿を見
二人が同時に食べる手を止めていた
「女ってのは、飾れば変るもんだな」
「本当だな。俺、一瞬誰か判んなかった」
各々が驚き感想を述べ
だが、そのどちらともが気に入らなかったらしく
卓上へと、持っていたらしい茶封筒を手荒く叩きつける
はずみで朝食にと並んでいた味噌汁が零れ、卓上一面へと広がっていった
「それ、俺宛か?」
しかし、それを気に掛ける事もなく
深沢はその茶封筒を眺め、そこに自身の名が記してあるのを確認する
「他人様の郵便物勝手に漁るとは、趣味が悪ィな。中川」
一応は咎めてやり、封を開けば
中に入っていたのは、何かの招待状らしき紙切れ一枚
訝し気にそれを眺める深沢へ、相手・中川からの説明が始まる
「……ソレ、昨日話した展覧会の招待状よ。私にも今朝届いてた」
どうするのか、と問うてくる中川へ
答えてやる事をすぐにはせず、煙草を銜える
白い煙を空気へと吐き出した
次の瞬間
封筒の中から、蝶が一匹現れた
幻影と瓜二つな姿
無表情に睨めつけてやれば、深沢の唇へと停まり、そして弾けて消えていった
「何、だったの?今の……」
戸惑うばかりの中川
だが深沢は気にする様子もなく、封筒を握り潰しゴミ箱へと放り投げていた
「……行ってみるか」
徐に呟く深沢
その声に、中川が何故か過剰に反応を示してくる
「行くの?行くのね!?」
何故かやたら楽しげな彼女
持参してきたらしい紙袋を派手にひっくり返し中身をぶちまければ
床に散らばったのは二着の洋服
一着は男性物の礼服
そしてもう一着は
女性物のワンピースだった
「どうせアンタ達、こういう服持ってないでしょ?だから持ってきてあげたわよ」
男性物の礼服を深沢へと投げつけ、中川はワンピースを持ったまま何故か滝川へと詰め寄っていく
向けられる笑みがやけに不気味だ
「……まさかと思うけど。アンタ、ソレを俺に着ろってんじゃ……」
最もあってほしくない事だと思いながら
だが、その願いは易とも簡単に破られてしまう
「奏君、着てみて頂戴!」
「何で!?意味わかんねぇよ!」
「だって奏君ってば可愛いんですもの〜。飾って遊んでみたくて」
だからお願い、と両の手を合わせての懇願
それでもやはり首を横へ振る滝川
そんなやり取りを暫く続けた後
「やっぱり可愛い。奏君、似合ってる」
結局、滝川はワンピースへと着替えさせられていた
丁寧に化粧まで施され
見た目は立派に美少女だ
「で?そいつに女装させて、なんか得する事でもあんのか?」
呆れた様な深沢の問いかけに、中川は楽しげに笑みを浮かべながら
「あるわけ無いじゃない。さっき言ったでしょ、飾って遊んでみたかったって。」
とはっきりとした返答
つまりは彼女の趣味で
それの犠牲になってしまった滝川へ
同情を、ついしてしまっていた
「楽しかった。じゃ、私先に行くわ」
やりたい放題やった後
中川は足取りも楽しげにその場を後にした
「出るぞ、奏」
その背を見送ってすぐ
手早く礼服へと着替えを済ました深沢が滝川の手を取って外へ
目的地へと向かう為滝川を車の助手席へと押し込んでやる
「ちょっと待て!俺こんな格好なんだけど!」
着替えさせてくれ、と訴える滝川へ
だが深沢は、面倒だと聞く耳を持たず
渋々といった表情を浮かべながら車を走らせ始めていた……

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