《MUMEI》

私はタオルを付けたまま、パウンドケーキを包みに台所に行った。

「タオル、邪魔じゃね〜」
「じゃない!」

すぐ側にいる慎君に茶化されながらも、私は、何とかパウンドケーキを包み終えた。

「じゃ、今度はケーキ食べよう」
「先、着替える…」

私は慎君の横を通り過ぎようとした。

すると、慎君が、その手を掴んだ。

そして、そのまま、私を自分の方に抱き寄せた。

「あっ…」
その拍子に、私の頭から、タオルが床に落ちた。

(見られたくない)

私は慎君の体を押し退けようとした。

慎君は

「…大丈夫、可愛いよ…」
と、私に優しく語りかけると、私の…左頬に触れた。
慎君の指が、そこにある一筋の傷跡を、…撫でた。

私の体が大きくビクンと震えた。

慎君は指を、私の唇に移動させた。

「…あ…」
私の唇が微かに開いた。

慎君は、指を離し、自分の唇を重ねた。

あの日の観覧車の中で感じたのと同じ、柔らかな唇。
違うのは、私は寝たふりをしていなくて…慎君のキスに酔ってしまっているという事。

その時。

もしもあの夜…

祐希君を拒まなかったら、これと同じキスをされたのかなと、ぼんやりと私は考えていた。

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