《MUMEI》

その時。

「なにも、なくないよ」

そう言ったのは…

志穂だった。

そして、志穂は…

「おねえさんには、うたがあるよ。おねえさんのうた、しほだいすき」

と言って、笑った。

「桜子。声楽は、続けてるの?」

果穂が尋ねると、桜子は首を横に振った。

ピアノか声楽か迷った末、桜子は、ピアノを選んだのだった。

「しほ、おてつだいするよ。おねえさん、ゆびたいへんだから、ごはんもおそうじもがんばるよ」

「志穂?」

志穂の言葉に、果穂は驚いた。

「だって、かあさんには、とうさんもにいさんたちもきこちゃんもいるもの。
だから、しほは、おねえさんのおてつだいする」

志穂は、桜子にギュッと抱きつき、満面の笑みを浮かべた。

その顔を見た、桜子は…

「やめた」

と言って、志穂を…

果穂に引き渡した。

呆然とする、果穂と志穂に、桜子は…

「だって、志穂ちゃん。中身大志にそっくりなんだもん。
…お人好しで、いい子過ぎる。

それに、笑った顔、大志にそっくり」

と言って、笑った。

桜子は…

何だかすっきりしたような顔をしていた。

「いらないなら、もらうけど?」

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