《MUMEI》

◇◆◇

 ごとん、と車輪のまわる音がし、牛車が動き出した。

 胡蝶は暫く黙っていたが、傍らの女房に話し掛ける。

「貴女は‥姫様のお側にいらした方なんですよね‥?」

「はい‥。申し遅れました。私は桜の宮。神楽姫のお世話をしている者です」

「そうですか‥。だから、身代わりを探してこんな所までいらしたんですね」

「はい、そうです。──ところで、あなたのお名前は‥」

「胡蝶といいます」

「胡蝶‥‥素敵なお名前ですね」

 桜の宮のその言葉に、胡蝶はうっすらと頬を染めた。










 暫くすると牛車は再び、ごとんと音を立てて止まった。

「さあ、着きましたよ」

 桜の宮に手を引かれ、胡蝶は牛車を降りた。

「───‥」

 何て広い所なのだろう、と思いつつ、胡蝶は辺りを見回す。

 すると桜の宮が前方を示して言った。

「朱雀大路から入り、北へ行くと内裏です。参りましょう」

「──はい」

 胡蝶は些か緊張した面持ちで、桜の宮の後について歩き出した。


◇◆◇

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