《MUMEI》 ◇◆◇ 女房達が去っていくと、桜の宮は申し訳なさそうに言った。 「済みません。先程は驚かせてしまいましたね‥」 「いえ、楽しかったですよ」 胡蝶は零れて来る月明りに目を細めながら溜め息をつく。 そして、未だ行方の知れぬ姫君の無事を祈願した。 その少女の姿に、桜の宮は優しく囁きかける。 「姫君は‥きっと御無事でいらっしゃいます。貴女は只、ここでの生活を楽しんで下さればそれで良いのです」 胡蝶はまだ不安げな表情をしていたが、こくりと頷いた。 「──分かりました」 その表情には、ほんの少しではあるが、明るさが戻りつつあるように見える。 桜の宮は座り直すと、寝床を示して言う。 「さあ、お疲れになったでしょう、今宵はお休み下さいませ」 「──はい」 返事はしたものの、動く気配を見せない胡蝶。 桜の宮は心配そうに声をかける。 「どうなされたのですか?」 「あのう───ありがとうございます。色々と気遣って頂いて」 すると桜の宮は花のように優しい笑顔をした。 「いいえ、御礼を言うのは私です」 「‥え」 「貴女が来て下さったからこそ、私も──そしてきっと、姫君も救われているのですから」 深々と頭を垂れ、桜の宮は去って行った。 「─────‥‥」 物音ひとつしなくなり、辺りは静まり返っている。 御簾越しに月明りを眺め、そして明け方近く、胡蝶はようやく床に就いたのだった。 ◇◆◇ 前へ |次へ |
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