《MUMEI》

 戸が開くなり、鮮やかな彩りの世界が広がっていた
高宮 真昼主催の展覧会会場
到着するなり深沢は、その毒々しい程の鮮やかさに僅かに舌を打つ
今更、何をしに、ここへと来たのか
ふとそんな疑問が脳裏をよぎってしまうのは仕方のない事だった
「何かすげぇ……。な、深沢!あっちのも見に行こ!」
憂うばかりの深沢とは対照的に、はしゃぐ滝川
展示物を真近で見ようと、深沢の手を取り足早に歩く
様々眺めてその途中
二人の足が、とある標本の前で止まっていた
そこにあったのは
幻影と瓜二つの一匹の蝶
似せて作られた別物だと分かっていても
見て、気分の良いものではなかった
「どうです?深沢。私の蝶達は。素晴らしいでしょう?」
その蝶を目の前に無言のまま立つだけの深沢
その背後からの突然の声
滝川は驚いたらしく振り返り、だが深沢は前を見据えたままだ
聞き覚えのありすぎるその声に露骨に嫌な顔を浮かべる
「お久しぶりです。まさか来て戴けるとは思っていませんでしたよ。相変わらずお若いままで、羨ましいですよ」
にこやかに声をかけてくるその男こそ高宮 真昼本人で
言葉の内に含まれる揶揄に、深沢は唯々無表情な顔をして向け返すことをしない
今更、この男と交わす言の葉など持ち合わせていなかったからだ
「……深沢、何故あなたは過去にばかり捕われているんです?あなたは(今)を生きている。見据えるべきはその先だと私は思うのですがね」
違うかと、微笑む高宮
言うに事欠いて、この男は忘れろと言っているのだ
そんな事は出来る訳もないと知っておきながら
向けてくる笑みには嘲りが浮かんでいる
「あなたはこれから先も永遠一人で生きて行かなくてはいけない。過去ばかりを気に病んでいたら、身体よりも心の方が長くは保ちませんよ」
言って終わると同時に、高宮が懐から何かを取り出して
深沢の手の平へと押し付け、去っていった
一体何なのか、覗ってみれば
深沢の目が、派手に見開いた
「深沢、どした?」
様子がおかしい深沢へ、滝川がその手元を覗き込む
そこにあったのは数枚のスナップ写真で
写っていたのは、人間の切り開かれた様だった
それを見た瞬間
何故か、滝川の視界が白濁に染まり
白の最奥、微かに何かが見え始める
病院の手術室の様な白い部屋
ソコにあるベッドに横たわる女性と子供の身体
既に事切れているのか、顔には白い布がかけられていた
その傍らには懸命に何かを叫びながら二人へと手を伸ばす深沢の姿があって
そんな彼の目の前で二人の身体が切り開かれていくその様は写真のソレと全く同じだった
ソコで白濁は途切れ、滝川は現実へと引き戻される
見せられた過去が、あまりに残酷すぎて
傍らで震える深沢を抱いてやるしか出来ない
とりあえず深沢をこの場から連れ出してやろうと、滝川は彼を連れテラスへと向かう
ソコに都合よくあった長椅子へと座らせてやり、滝川もその横へと腰を下ろした
その矢先
テラスへと出てくる人影がもう一つ
段々と近づいて来、何故か滝川の前へと立って止まった
「・・・・・・ようやく見つけたぞ、奏」
低く呟かれる声に、聞き覚えがあったのか滝川は顔をあげる
視線の先には、中年の男が一人
滝川へと満面の笑みを浮かべていた
「まさかお前がこの男と一緒にいるとはな。まだ死ぬことをお前は望んでいるのか?」
耳元に唇が寄せられ呟かれた声
滝川は明らかに嫌な顔で、相手を睨みつける
「・・・・・・ほっとけよ。テメェには関係ねぇだろ、クソ親父」
どうやら相手は滝川の父親らしく、だが双方の間に穏やかさはなく暫く無言での睨み合いが続き
その沈黙は、相手からの溜息にてすぐに破られた
「・・・・・・相変わらず酷い腕だな。だが」
ここで一度言葉を区切ると、相手は滝川の腕を徐に掴み上げる
傷ばかりのそこへ口付けてやりながら
「全て無意味だ、奏。お前は、私の所有物なのだから」
至福に満ちた笑みを浮かべ、滝川の身を無理やりに腕の中へ
その腕を振り払ってやろうと滝川は身を捩るが叶わず唯されるがまま
段々と嫌悪感が現れ始める

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