《MUMEI》 「どうかなさいましたか?」 私が左手ばかり気にしているので、隣に座っている『灰色』の人が声をかけてきた。 「いえ、別に」 私は、笑顔で答えた。 車は… 私の住んでいる東京とは名ばかりの、田舎から、いかにもな高層ビルの立ち並ぶ、都心を抜けて… これまたいかにもな高級住宅地に入っていく。 私の目に、ひときわ大きな和風のお屋敷が入ってきた。 車は、その屋敷の門をくぐり、玄関に向かって更に進む。 それは、想像以上の大豪邸だった。 ただ… 何故か、門にも玄関にも、表札がかかっていなかった。 (どうしよう…) 私は不安になった。 「着きましたよ」 そんな私の気持ちとは裏腹に、車は玄関の前でとまってしまった。 「どうぞ」 私の隣の『灰色』の人が先に降りて、私に向かって手を差しのべた。 「…どうも」 私は頭を下げて、その手を取った。 …私が手を取るまで、ずっとそのままでいそうな感じだったから。 それから私は屋敷の中に入った。 すれ違う人達は、皆『灰色』だった。 「こちらで、お待ち下さい」 「…はぁ」 まるで迷路のような屋敷の中を歩き回って、私は離れのような場所の一室に通された。 前へ |次へ |
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