《MUMEI》
◇◆◇狐叉と妖月
◇◆◇

 胡蝶が目覚めた時、御簾からは仄かな光が差し込んでいた。

 卯の刻ともなれば、今の季節なら大抵、陽が昇り夜が明けている。

「御目覚めになられたようだな」

「‥?」

 御簾の向こうから、聞き慣れない声がした。

「貴女は‥?」

「私は狐叉。姫の護衛を仕る為遣わされた」

 狐叉、と名乗ったそれは、白色の七尾。

 そして傍らには、溌剌とした風貌の女子が佇んでいる。

「あのう、こちらの方は‥」

「‥妖月、挨拶をしないか」

「おお、済まん申し遅れた。姫、我は妖月と申す。狐叉と同じく姫の元へ遣わされた者だ」

「そうだったのですか。それは心強いです」

 胡蝶が安堵したのを見届けると、見張りをしていた玄武が立上がった。

「では、わたし達はこれで」

「もう行ってしまうの?」

 すると玄武は用心深く耳打ちした。

「ああ。これから姫君を探しに行かねば」

 胡蝶は、はっとして頷いた。

「──じゃあ、またね」

 去り際、青龍と六合がにっこりと笑ったのを、胡蝶は嬉しく思った。

 式神達が去ると、狐叉が胡蝶に呼び掛けた。

「姫君」

「はい」

「式神達がおらぬ時は私達が姫君を御守りする。御安心を」

「──ありがとうございます」

 胡蝶は頭を垂れ、顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべた。

 そして、佇む二人を交互に見つめて尋ねる。

「あのう、一つお聞きしたいのですが」

「はい」

「お二人は‥」

「親子なのだ」

「親子‥ですか‥?」

「ああ。我は狐叉の子どもなのだ」

「そうでしたか」

 だが、あまりに容姿の違い過ぎる二人に、胡蝶は戸惑いの色を隠せない。

 するとすかさず、狐叉が口を開いた。

「妖月は変化の術を使い人の姿をとっておるのだ」

「では、妖月さんも狐‥なのですか」

「左様。妖月は黒狐だ」

「では‥‥何故‥人の姿を‥?」

「都合がいいのだ」

「都合?」

「うむ」

 頷く妖月。

 すると狐叉が言った。

「いや、妖月。お前は人に成り済ましたいが為、変化しているに過ぎない」

「な、何を申すのだ狐叉」

「違わんだろう?」

「むぅ‥」

 その二人のやり取りに、胡蝶は思わず苦笑した。

「姫‥?」

「あ‥ごめんなさい」

「いや、嬉しいぞ」

「‥嬉しい‥ですか?」

「ああ。姫の笑顔は嬉しくなる」

 妖月は満足げに、にっこりと笑った。

◇◆◇

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