《MUMEI》

◇◆◇

「おお、そうだ。我は姫に渡す物があったのだ」

 そう言うと、妖月は何かを差し出した。

「これは‥?」

「匂袋なのだ」

「匂袋?」

「うむ。姫は花が好きだろう?」

「──はい」

「外へ出向けん時でも、少しは楽しくなればと思ってな」

「それはどうも。ありがとうございます」

 胡蝶は大事そうに匂袋を両手に包み込んだ。

「‥‥‥‥‥‥」

「どうしたのだ、姫?」

「いえ、少し気持ちを鎮めていただけです」

 胡蝶は匂袋を握り締めたまま、ゆっくりと立ち上がると、御簾を掲げて外を見た。

 柔らかな風が花を散らし、梢の鶯を誘い出す。

 趣深い景色に目を細めながら、胡蝶は息をついた。

 そして、聞こえて来る囀りや風の音に耳を澄ます。

 桜の宮が現れたのはその時だった。

「御気分はいかがですか」

「はい、だいぶ落ち着きました」

「それは良かったです」

 桜の宮は微笑んで言い、それから狐叉と妖月に向き直る。

「御二人共、いらして下さったのですね。ありがとうございます」

「姫君を御守りするのは我らの使命だ」

「うむ。狐叉の言う通りなのだ」

 そう言って振り向いた妖月の笑みに胡蝶は安堵し、鶯の飛び去った静かな梢を見上げる。

 ひとひらの花びらが、胡蝶の手のひらに舞い降りた。

◇◆◇

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