《MUMEI》
コップの水
ドンッ!

慌てて廊下に出た私は『何か』にぶつかった。

「大丈夫?」



(この声…)

暗くて、姿はよく見えないが

「右近、さん…?」

私は丁度右近さんの胸元に飛び込んでしまったらしく、慌てて顔を上げた。

「まったく、明良さんは。
いくら力が欲しいからって、力ずくはいけないよね。
…十歳も年下相手に、大人げない。

ねぇ、左近?」

私の姿と、部屋の隅でうずくまる明良さんを確認した右近さんは、そう言って、後ろを振り返った。

そこには、二つのコップを握り締めた左近さんが立っていた。

「その点、俺達は、ゆきちゃんと二つしか違わないし。

あんなおっさんより、釣り合うと思わない?」

「知りません、そんなの」
私は二人を警戒しながら、横を通り抜けようとした。
「待って」

そんな私の腕を右近さんが掴んで…

「水、いらない?

喉、渇いてるでしょ?」

と、言って笑った。

確かに、私はさっきの出来事で、緊張や不安から、喉が渇いていた。

しかし、ここには水道は無い。

すると、左近さんが無言で私に近付いて、二つあるうちのコップの一つを差し出した。

空だったはずのコップに…透明な水が、確かに入っていた。

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