《MUMEI》

「気色悪ィ。離せ、クソオヤジ!」
滝川の罵声が響いた
その直後
深沢が突然に立ち上がって
ふらつく足取りで向かうは男の下
滝川の腕を引き寄せ庇うようにして立つ深沢へ、相手は訝し気な表情だ
「・・・・・・蝶に憑かれると自我を失うのか。面白い、面白いな」
男は何故か楽しげに笑う声をあげると踵を返す
立ち去り際に滝川へと一通の封筒を握らせると
「・・・・・・この後、高宮の邸で今日の展覧会開催を祝っての祝賀パーティーがある。そこで面白いものが見れる筈だ、彼と一緒にくるといい」
それだけ伝え、テラスを後にした
二人きりその場に残された深沢と滝川
暫く無音の後
深沢の手が、滝川へと伸びた
手荒く引き寄せられ、強引に腕の中へ
だが、先ほどとは違い嫌悪感などは抱くことはなく、
唯々荒い呼吸を繰り返すばかりの深沢の身を案じてしまう
「陽炎」
以前と同じに呟いて、深沢の身体は崩れ落ちる
何とか受け止めてやり、また長椅子へと腰を降ろした
陽炎
度々彼の呟くその言葉が一体何を指すのか
滝川に、それを知る術は、ない
故に考える事はやめ、深沢を己が膝を枕に横たえてやる
「奏君、お疲れ様」
暫くそのままで空を見上げていると、またテラスに人の影が現れる
向き直ってみて、その相手にほっと胸を撫で下ろしていた
「中川か、脅かすなよ・・・・・・」
相当に気を張っていたのか、知った顔とわかるや否や
身体から一気に力が抜けていく
滝川のその様に中川は微かに笑い、ごめんなさいと謝罪の言葉
二人と同じ椅子へと腰を降ろすと、眠る深沢の顔を、徐に覗き込んだ
「・・・・・・陽炎、か。まさか、今更になってその名を聞けるとは思わなかったわ」
どうしてか、その声は嬉しげなソレで
気になったらしい滝川が、何の事だと伺いを立てる
「深沢が変になる度に呼んでるけど、陽炎って一体何なんだ?」
「陽炎ってのは、私の父が造った蝶の名よ」
との返答が返り
そして中川が過去を語り始める
「私の父は、かつて幻影を研究していたの。高宮と一緒に」
「高宮と、一緒にって・・・・・・」
「幻影は元々高宮と父が二人で見つけた蝶だった。突然変異だったのか、幻影の鱗粉には人間の細胞分裂を止める作用があったのよ。高宮はソレに目を付けた。これなら人を不老不死にできるんじゃないかってね」
人如きが抱く、愚かしい夢
現実味がないと思いながらも、二人の傍らにはそれ故に死ねない男が一人
今だ眠りの淵にいる深沢の方を見やりながら
「研究は見事成功したわ。その結果、深沢は歳を取ることもなく永遠をその身体に与えられた。深沢が永遠を得たことで、高宮には欲が出たんでしょうね。幻影のレプリカを造るよう私の父に命令したの」
「それで、レプリカは・・・・・・」
「勿論完成したわ。でも、私の父は気の弱い人で、自分の造ったものが何か良からぬ事に使われるんじゃないかって、造ったレプリカを、一羽を除いて全て燃やしたのよ」
「一羽を除いてって・・・・・・」
「それが陽炎。やっぱり父も研究者だったのよ。幻影と陽炎、この二羽を掛け合わせたらどんなものが出来るか、試してみたくなったんでしょ。その結果、幻影の毒に侵されて死んじゃったけど」
淡々と、そして時折嘲笑浮かべながら語る中川
一頻り語り終え、腰を上げる
テラスを出、その間際首だけ振り向かせると
「・・・・・・変な話聞かせちゃってゴメンね、忘れて。じゃ、私先に会場に行ってるから」
また後で、とその姿は去っていった
彼女は常に、罪の意識に捕らわれているのだ
自身の父が造ったソレで、今も尚苦しみ続けている深沢に対して
「・・・・・・あの馬鹿。下らん事喋りまくりやがって」
直後に聞こえた、深沢の声
気が付いたらしく、重たげに身を起こすと滝川へと何故か笑みを向ける
「昔話は、面白かったろ?」
自身を嘲るように笑う深沢へ返答などできるハズもなく
胸の内が段々とくるしくなって、いたたまれなさが滝川を支配していく
この男を目の前に、死を欲した自分は愚かだと、顔ばかりを伏せてしまった
そんな滝川を、何を言うこともしない深沢は抱いてやるだけだ

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