《MUMEI》

 扉を開けばそこは花の園だった
訪れた祝賀会会場、その部屋中に咲き乱れる花々と、花に戯れる蝶の群れ
漂ってくる花の香がひどく、深沢は顔を顰めてしまう
「・・・・・・何か、別世界って感じだな」
その傍らで、珍し気に首ばかり巡らせる滝川
その様に、深沢の顔から僅かに険しさが取れ
滝川の手を取ると、花の中へと入っていく
食事を片手に談笑する人々を横目に
こんな所でよく食事など出切るものだと内心毒づいて
比較的、咲く花の少ない部屋の隅へと場所を取っていた
それでも花の香は濃く
深沢は吐き気すら催し始める
「深沢、顔色が良くない様ですが、大丈夫ですか?」
高宮の声が聞こえ、
横から水の入ったグラスが差し出される
それを受け取ることは深沢はせず
横目で高宮を睨めつけていた
「そんな怖い顔をしないでください。あなたには本当に申し訳ない事をしたと、反省しているんですから」
「見せ掛けだけの反省ならサルにして貰った方がまだ芸がある」
「私はサル以下ですか?これは手厳しい。それでは私がサル以上だという事をきちんと見て貰わなければいけませんね」
笑う高宮。その傍らへと不意に人の影が現れて
そこに雫が立っていた
「今から良いものをお見せします。きっとあなたにも気に入って戴けるのでは、と」
何やら含みのある物言いで
高宮は雫を連れ部屋の上座へと向かう
とたんに部屋の照明が落ち、咲き乱れる花々が何故か淡い光を放ち始めていた
幻想的なその様に、至る所から感嘆の声が聞こえる
「さぁ皆様。これよりこの世で最も美しい蝶々をご覧に入れましょう」
高宮の声と共に証明が付き、ソコに全てを露にした雫が立っていた
その両の手に抱えられた花の束に大量の蝶が群れる
一体何が始まるのかと、皆が期待を寄せた
次の瞬間
一斉に蝶が飛んで散り
少女の裸体を覆いに掛かった
全てを蝶に覆われて
そしてその蝶たちが次々に下へと落ち始める
蝶が全て落ち、露になった雫の姿に観衆からざわめきが起きた
彩り鮮やかな羽根を背負い、人ではない姿へと変わった雫
ひらりと舞うように飛ぶと、高宮の傍らへと降り立った
「・・・・・・綺麗だ、雫。その羽根とてもよく似合っているよ」
雫の姿に満足なのか
高宮はさも嬉しそうな笑みを浮かべ雫の身を抱く
愛し気に何度も羽根を撫でる高宮へ向け
雫も満面の笑みを向けながら
「・・・・・・他は、要らない。幻影さえ居ればそれだけで」
雫のか細い声が鳴った
その身がまたふわり宙を舞って
深沢の前へと降り立つと、手が頬へ触れようと伸ばされた
「お父様が、あなたを望んでる。だからあなたと私は番に・・・・・・」
言葉の途中
突然雫の腕が嫌な水音を立てながらもげ落ちて
肉が腐った様な悪臭が辺りに漂い始める
「な、何・・・・・・?」
己が身に突然に起こった異変に驚くばかりの雫
覚束無い足取りで父親の元へ
「お父様、私どうして・・・・・・」
訴えてくる雫へ
高宮も予想外の事だったのか、驚き目を見開くばかりだった
「雫・・・・・・、一体何故こんな事に」
身体の至る部位が腐り落ちていく雫を前に
高宮は唯見ているしか出来ず
その異様過ぎる様に、そこに居合わせた客達が一斉に逃げることを始め
閑散とした室内には深沢達しか残って居なかった
「どうなってんだよ、アレ。一体何が・・・・・・」
傍らからの滝川の声すら驚きに震え
深沢の服の裾を握りしめる
目の前の光景が異様過ぎて、却って現実味に欠けていた
「いい画だな、高宮。出来損ないを戴いた器がここまで惨めになるとは。実に愉快だ」
唯々立ち尽くすばかりの深沢たちの背後
突然拍手の音が鳴り
そこに滝川の父親が立っていた
楽しげに高笑う彼へ
高宮がその襟刳りを掴み上げ事の次第の追求を始める
「秀明、これはお前が仕組んだことか!?陽炎を、私の蝶を何処へやった!?」
問い詰められ、だが滝川の父・秀明は薄く嘲笑を浮かべながら自身の襟を掴んだままの高宮の手を払いのけていた
「陽炎の依り代になるにはお前の娘では物足らない。最も美しい器の中にあってこそ、アレは輝くものだ」
高宮へと言葉をくれてやりながらも、視線は何故か深沢達の方へ
ゆるりと歩み寄り
滝川の身を突然にその腕に抱く

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