《MUMEI》

「あれ、その花―…」



ふと蓬田が、玄関先に咲き誇っている
赤い花を指差して呟いた。



「ん??…ああ、これ??
…ダンナが残してったのよ。
全く、花ばっかり育てて、慈善事業じゃあるまいし、ねえ??

―…あげくに、最期の言葉が
『あの赤い花だけは枯らさないで育ててくれ』ってさ。
…ほんと、やってらんないわ」



おばちゃんはまた一気に喋ると、大きなため息をついた。



蓬田は、いけないことを聞いてしまったと、おろおろしている。


おれは、前田のおじさんを思い出す。


花が大好きで、昔からおれが配達行くと
しょっちゅう花のおすそ分けしてくれた。


恰幅のいい、元気なおばちゃんとは対照的に、
痩せていて、体が弱かった。


花にばっかりお金を掛けて困ると、
いつもおばちゃんがこぼしていた。

…すごく優しく笑う人だった。



でも、一昨年、がんで亡くなった。



おばちゃんは、泣かなかった。
『花のことばっかりで、
自分のことほったらかしてたからだ』
って、寂しそうに笑ってた。



2人には子どももいなくて、
だから今、おばちゃんは一人で住んでる。



「…まったく、花なんてねえ…」


おばちゃんの呟きは、
花を揺らす風に浚われて、小さく消えた。

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