《MUMEI》

◇◆◇

「浄化‥ですか?」

 こくりと頷き、妖月は胡蝶に耳打ちする。

「鬼門の方角から陰悪の念が流れてきている。それが姫を狙っているのだ」

「え‥」

「我らに任せるのだ。それから‥明日の朝までは、その護符を手放さないでくれ」

 胡蝶が頷いたのを確認すると、妖月は内裏を出て行った。

 すると今度は入れ替わりに、式神の一人、太裳が姿を現した。

「今、私達が浄化を試みている所です。それが終れば、姫様が霧に襲われる事はなくなります。御安心を」

「あの霧は‥この世の物ではない‥という事ですか」

「はい。ですが先程も申上げたように、浄化が終れば姫の身に何かが起る事はなくなります。ですから姫様は、何も恐れる必要はないのです。私達にお任せ下さい」

 大裳は明るい口調で答えた。

 そして衣を翻すと、胡蝶の前から消えた。

「‥‥‥‥」

 霧の事、我が身の事よりも、胡蝶の不安は別の事に向けられていた。

 それは、姫君の事である。

 未だ消息は絶たれたまま。

 だが胡蝶は、ただ姫君が無事であるように祈る事しか出来ないのである。

(私は‥本当に役に立てているのかしら‥)

 ───無力感。

 ただそれだけが、胡蝶の心を支配していた。

 桜の宮や狐叉達の前では気丈に振る舞っていたものの───やはりもどかしくてならなかったのである。




 その夜、あの霧が現われる事はなかった。

 だが、胡蝶は床に就く事なく、月明りの下で、静かに涙していた。

◇◆◇

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