《MUMEI》 3「ただいま…」 古くて重い引き戸を開けた。 がらがらと引き戸が音を立てる。 「おかえりハル」 座ってローファーを脱ぐあたしに声をかけたのがおばあちゃん。 手に茄子を入れたかごを持ってふすまからのぞいている。 「どうやった?学校は」 何気ない口調だけど、あたしのこと気遣ってるのがよくわかる。 「心配しないで。きっと大丈夫だよ」 あたしは笑ってみせた。 大丈夫だよ。 それはあたしがあたしにむけていった言葉なんだろうとあとから気づいた。 大丈夫であればいいと。あたしは大丈夫と言わなければ大丈夫じゃなくなってしまうように感じたんだ。 「今日は京茄子の味噌焼きにしようね」 そう言っておばあちゃんが奥に引っ込む。 けどすぐまたふすまからのぞいて 「今日、川子ちゃんも来るからね。着替えておいでよ」 とにやりと不敵に笑って鼻歌を歌いながら台所に向かっていった。 「はい〜…」 川子ちゃん…? はて…どこのどちらさんでしょう… あたしは、今おばあちゃんの家にいる。 京都の古い町。 京都ならではの碁盤のますめみたいな道。 春は梅、枝垂れ桜が小さな川岸に。 夏は打ち水、朝顔。 秋は嵐山。紅葉。饅頭、羊羹。 冬は真っ白。眠る山。 あたしの想像と一緒の京都。 ほんとに綺麗。 ひとつひとつが芸術品だとも思った。 時間がほんとにゆっくり過ぎてくの… 老舗がぽつぽつと残る町並みがあたしには妙に懐かしくて、新しくて、わくわくしたのを覚えてる。 おばあちゃんは大きな家に一人暮らしで それでも元気で、美味しい料理を作ってくれる。 ほんとに、助かった。 そして、ほんとに感謝している。 連絡もとれずほぼ他人のような関係でいきなり押しかけた孫を、詮索することなくおいてくれるおばあちゃん。 でも、きっと知ってる。詮索はしないけど、あたしがなんで京都に来たかを知ってる。 それでも、説教もよけいな気遣いもしてこない。 「チワー」 がらがら 誰かが玄関から入ってくる。 「あ・・こんにちは」 畳の上のあたしは思わず正座をする。 長髪金髪ツンツンのキツめで超美人なアネゴ。 着物を斬新にミニ丈で着こなす彼女は 「あんた誰」 とあたしに吐き捨てるように言って 隣に寝ころぶ。 「三紀崎…です」 「あんた名字香鳥(コウトリ)でしょう?」 そう言ってあたしを射抜くように見てくる。 …なんで、知ってるのよ 「香鳥は…香鳥はもう捨てました」 「なんでよ」 「…知ってるんじゃないですか?」 「そうね〜… 知ってる」 …知ってるんじゃない! 「川子さんですよね、おばあちゃんとは…どういう関係なんですか」 「知らないの?あたしとあんたは血、繋がってんだよ」 「だから、あたしにとってもおばーちゃん」 にやっ。 綺麗な顔が不敵に笑う。 「チャンネル」 「…」 違う… そのことだけじゃない 収まりきらない不安 「チャンネル」 母さん お母さん … 「変えてっていってんのよ!シバコ!」 「はいっ!?」 びっくりした 返事してなかったや… 「2チャンよ、シ・バ・コ!」 「はいっ…! シバコ!?」 チャンネルを反射的に変えてから驚く。 シバ…?! 「柴犬みたいだもん、あんた」 指指された。 つけ爪かな、きれいな爪が光る。 「そんなの…いわれたことないんですけど」 あたしが言う。 「関係ないわよ」 くいっ。 あごに爪の感覚。 川子さんの片手で顔がもちあげられ、目の前には川子さんの顔。 にまっ 川子さんの微笑み。 な… 「茄子ができたわ」 川子さんの片手が顔から離れる。 一目散にご飯の前へ。 ………… 夕食後のあたしは部屋で教科書を整理していた。壮絶な夕飯だった… 前へ |次へ |
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