《MUMEI》

自身の上着を深沢は頭から被せてやり、外へ出るよう背を押しやった
「・・・・・・駄目、私足が動かない」
恐怖のあまりか身動きが取れなくなってしまった中川
震えるばかりの足は、一向に歩くことを始めてはくれず
深沢は何とか中川に言って聞かそうと口を開きかけた
次の瞬間
深沢の背後に黒の彩が広がる
気配に気付き向き直れば、そこに滝川の姿が
彼本来のそれではない満面の笑みを浮かべながら深沢の肩へと腕を掛けた
口付けを求められたと同時
足元から突然大量の蝶が湧いて現れる
「幻、影・・・・・・」
薄いその声をまるで合図に
蝶の全てが深沢へと襲いかかってきた
柔らかい筈の蝶の羽根が、まるで鋼かと見紛うかの如く皮膚を切り裂いていく
細かく、鋭い痛みを感じ大量の血液が散って飛んだ
段々と霞み掛っていく視界に、深沢は派手に舌を打った
目の前の状況をどう打破すればいいのか
思い当たる手立は、深沢には一つしかない
それを実行してやるべく、滝川へと手を伸ばし
その身を抱く
出会ったばかりの滝川が、何故切に死を望んでいたのか
何となくだがわかった気がした
「深沢、その子を返せ。その子は私の物だ。誰にも触れさせない。永遠に私の傍に……」
彼は父親の執着から逃れたかったのだろう
それ故に死を求め、深沢に救いを求めた
幻影ならば、望みを叶えてくれるだろう、と
そんな滝川が、憐れに思えて堪らない
「……奏。テメェに二つ、選択肢くれてやる。あの変態に一生飼われるか、それとも俺の傍で永遠生きるか」
どっちがいいか、と耳元で呟けば
滝川の身体は小刻みに震え始め、手が伸ばされた
内なる陽炎は幻影を求め、滝川自身は深沢を求める
重ねられた唇が、問いかけに対する答えだった
「賢明な判断だ」
その答えに深沢の口元が緩む
抱く力を更に強めると、何故かその場へと座り込んで
滝川の素肌へと手を這わせ始めていた
「深沢、アンタ何して……」
中川の驚いたような声
それもそうだろう
今、この状況下にあって深沢がしようとしているのは身体の交わりで
傍から見れば、全く脈絡のない行動だ
「……幻、影」
全てを露に深沢からの愛撫に身を委ねる滝川
意識は段々と蝶に支配されていき、本能のみで幻影を求め始める
望まれるまま、与えてやって
身体が交わった、次の瞬間
滝川の身体から力が抜け、背の羽根が湿った音を立てながらもげ落ちていた
「な……!」
何が起こったのか瞬間理解出来てない様子の秀明
その目を派手に見開いて
「陽炎が……。深沢!お前、一体何をした!?」
動揺を隠しきれずに喚く秀明へ
深沢が答えるより先に幻影が飛んで遊ぶ
その全身は体液で湿り、独特の光沢を持っていた
「……幻影、だと?まさかお前、その毒を奏に……?」
深沢の膝の上で身を反らせ痙攣を起こしている滝川
その周りを、幻影が頻繁に飛んで回っていた
「お前の、所為か幻影。お前が私の蝶を……!」
辺りを飛んでばかりの幻影へ
秀明の手が捕え、その身を潰しに掛る
羽根に触れた直後
羽ばたくソレから大量の麟粉降って現れ、秀明を包み込んでいった
「これが一体何だと言うんだ。こんなモノ……!」
全身に纏わりついてくるソレを払おうと振ったその手は
肉が削げ落ち白骨と化していて
突然の事に秀明の顔が引き攣っていく
「な、何だコレは。一体何が……」
己が身に一体何が起きたのか
冷静な判断など最早出来ずに無様にうろたえるばかりの秀明を
深沢は唯眺め見るばかりだ
蝶に惑わされた人間の、これが末路
見るに何とも哀れだった
「…わ、私はこんな事で死ぬ、わけにはいかない。奏を、私の蝶をかえ、せ……」
それでも尚も蝶を求める秀明
滝川へと伸ばされた骨々しい手は、途中塵へと変わり
何に触れることも出来なくなってしまっていた
歯痒さに奥歯を噛み締めながら、だがその顔すら白く骨と化していく
全てが白骨と化し、それでもまだ秀明は絶えることはなく
生に対し未だ執着するその姿はあまりにも哀れだ
「わ、たしは、永遠を、手に入れ、奏と、共に……」
声すら最早途切れ途切れで
全てを言い終えぬうちに、彼の全ては塵へと化した

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