《MUMEI》 ◇◆◇ 気付かれないよう、ゆっくりと距離を縮めて行く。 だがその姿をつぶさに見、その途端、胡蝶は思わず声を上げてしまった。 すると、女は驚いたように振り向き、そして息をのんだ。 無理もない。 自らと瓜二つの姿が、目の前にあったのだから。 驚きのあまり、女は言葉を失った。 胡蝶は恐る恐る尋ねる。 「あのう‥‥姫様‥ですよね‥?」 はい、と返事をし、姫君は問いかける。 「貴女は‥?」 「私は胡蝶といいます。姫様の身代わりを託かった者です」 すると姫君──神楽は目を丸くし、胡蝶に向き直り、言った。 「ありがとうございました、胡蝶さん」 そして、申し訳なさそうに深々と頭を垂れた。 「本当に済みませんでした‥ご迷惑をおかけして‥」 いいえ、と胡蝶は左右に首を振った。 「気になさらないで下さい。お役に立てたのなら、とても光栄な事ですから」 そして北の方角に目をやる。 「姫様、内裏に御戻り頂けませんか。今なら誰にも気付かれずに私と入れ代わる事が出来るはずですから」 すると神楽は躊躇するような素振りをし俯いたが、顔を上げると言った。 「分かりました‥。ですが貴女に何か御礼をしたいのです。何か望みがあるのなら──」 だが胡蝶は頭を垂れ踵を返した。 「──胡蝶さん」 神楽が引き止めようとすると、胡蝶は振り向き微笑んだ。 「御戻りになられて下さい、姫様。内裏の方々の為にも」 「──それが、貴女の望みなのですか‥?」 「はい」 すると、いつの間にか現れた白虎が言った。 「胡蝶、祇園に戻るなら、衣を着替えないと。荷物も置いて来たままよね?」 だが、胡蝶はもはや戻る訳には行かないのである。 「そうだ、向こうに空き家があるから、胡蝶はそこで待っててくれ。姫君を送り届けたら、荷物を持って来るからさ」 そう言うと朱雀は翼を翻すと、神楽を連れて内裏へと向かった。 青龍と白虎は名残惜しそうに胡蝶を見、潤んだ瞳を伏せた。 「泣いているの‥?」 胡蝶が声をかけると、肩を震わせた青龍が小さな両手で顔を覆った。 胡蝶は優しく声を掛ける。 すると、陰ながら様子を窺っていたらしい玄武が、胡蝶の足元に近寄って囁いた。 「──ご苦労だった、胡蝶。礼を言うぞ」 「私の方こそ──本当にありがとうございました」 胡蝶は精一杯の笑顔で答えた。 ◇◆◇ 前へ |次へ |
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