《MUMEI》
◇◆◇望月の夜に
◇◆◇

 間も無くして、朱雀が胡蝶の元へ戻って来た。

「荷物はこれで全部だよな?」

「ええ。ありがとう」

 胡蝶は頭を垂れ、立つ支度を始めた。

 すると、思い出したかのように朱雀が、折り畳まれた文を差し出す。

「これは‥?」

 胡蝶がきょとんとすると、朱雀は答えた。

「桜の宮から託かったんだ。あと、牛車をだすから少し待って欲しい‥って」

 胡蝶は文を受け取り、大事そうにしまい込んだ。

「あれ、読まないのか?」

「後で──ゆっくり読みたいと思って‥。今読むと、気持ちが押さえられなくなりそうだから‥」

 その瞳から雫が零れるのを、見逃す者はいなかった。




 暫くして牛車が来、胡蝶はそれに乗り込んだ。

「胡蝶‥!」

「‥?」

 幼い声がして胡蝶は外を覗いた。

 そこには先程声をかけた妖月、そして傍らには押し黙った狐叉が佇んでいた。

 妖月は牛車のすぐ側まで近付き、胡蝶を見上げる。

「話は四象から全て聞いた。すまなかったな、何も気付く事が出来ずに‥」

「いえ、その為の身代わりですから。──ありがとうございました、守って頂いて」

 胡蝶は微笑み、一人と一匹に静かに手を振る。

ごとん、と牛車が揺れ、車輪が回り出した。

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