《MUMEI》 「帰った方がいいよ。 ホラ、御祖父様にもあまり慣れない付近には行くなと禁じられてるから。」 慶一は兼松という切り札を持ち出して帰りたがる。 「……ふぅん、怖いのか。」 林太郎はわざとらしい言い回しを使い慶一を挑発する。 「違うよ、そんな筈無い。」 顔を紅潮させて慶一は叫ぶ。 「じゃあ、柵越えしてみようか。今なら何か木に実がなっているだろうし。」 「実が採れるなら行く。」 慶一は食欲に素直だった。 暫く木上りを堪能してから上着を球状にし、林太郎は慶一に球の受け方を教えた。 「林太郎君、大変だ、上着が失くなったよ。 あの内ポケットには玉江さんの懐中時計が入っているのに。」 玉江とは、慶一の通う学院の近辺に在る茶店の娘で、彼は一目見たときから彼女を慕っている。 「……君は馬鹿なのか。」 玉江の懐中時計とは彼女が肌身離さず持ち歩いていた品で、慶一は彼女が落としたそれを拾ったものの、渡しそびれていたのだった。 慶一の言葉が正しければ、そんな大切な物を投げ交わしていたことになる。 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |