《MUMEI》 ◇◆◇ 胡蝶が祇園に戻って来たのは、申の刻を回った頃だった。 牛車が平安京へ戻って行くのを見送ると、胡蝶は静かに歩き出した。 (帰って来たんだわ‥) ここを離れていたのは僅かであったに違いないのだが、胡蝶は懐かしい気持ちに包まれた。 ほう、と息をつき、夕日が照らす中に佇むと、ふと内裏での出来事の数々が蘇った。 望月の夜に現れた牛車。 桜の宮、式神達との出会い。 霧に襲われた事。 風の誘い。 全てが、まるで夢であったかのように、胡蝶には思えた。 「‥‥‥‥」 住家に戻った胡蝶は、徐に文を開いた。 桜の宮から託かった、と朱雀が言っていたのを思い出す。 肩が震え、小さな雫が、ぽたりと紙に落ちた。 そして、最後の一行に目が釘付けになる。 そこには、こう記されていた。 望月の夜に (望月の夜‥?) 書いてあるのはそれだけだった。 胡蝶は隠された意味を探ろうと、何度もその言葉を呟いた。 そして、ある事に気付いた。 (‥あの牛車が来た時‥) 望月の夜に何かが起こる──胡蝶はそう直感した。 下弦の月が、彼方に広がる藍色の空に浮かんでいる。 ◇◆◇ 前へ |次へ |
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