《MUMEI》

◇◆◇

蛍の舞い踊る、望月の夜──。




 胡蝶は、妙な物音で目が覚めた。

(この音‥牛車かしら‥)

 そう、牛車だ。

 それはゆっくりと近付いて来ると、表へ赴いた胡蝶の目の前で止まった。

 そして、中から若い女房が現れた。

「桜の宮さん‥?」

 胡蝶はきょとんとして女房を見る。

 すると女房──桜の宮は、微笑んで答えた。

「姫君が是非、貴女に御会いしたいとの事で参りました」

「姫様が‥ですか‥?」

 すると、

「御久し振りです、胡蝶さん」

続いて現れたのは、紛れもなく姫君であった。

「姫様‥」

 驚きで目を見張る胡蝶。

「私に会いに‥ここまで‥?」

「はい。そして、理由はもう一つ‥」

「もう一つ‥?」

「もう一度‥内裏へいらしては頂けませんか。勿論、今度は貴女自身として」

「‥え‥」

 胡蝶はその言葉に躊躇せずにはいられない。

「ですが私は‥」

「貴女は私の身代わりとして、いいえ‥私自身となって尽くして下さいました。どうしても、お礼をさせて頂きたいのです」

 すると胡蝶は刹那の間を置いて答えた。

「分かりました‥。そう言って下さるのなら‥喜んで」




 闇の空では、丸く満ちた月が柔らかな光を地に注いでいた。

◇◆◇

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