《MUMEI》 「こんな場所、よく入れましたね……。」 彼女はやんわりと笑った。 其の不明確さでまた新たな幻惑に眩まされる。 「一人で棲んでいるんですか。」 「――――そう見えますか。貴方がそう云うのならそうなのかもしれません。 私のことより、貴方はどうなんですか。」 若葉がさらさらと彼女の聲に共に踊る。 「――――俺はしがない下男です。」 林太郎は素性を明かすことを咄嗟に拒んだ。 「下男さん、道に迷ったのですか。 私はちゃんと話せていますか。 何せ久し振りの来客、会話が成り立つか自信が無かったのです。」 自信なげに、しかし途切れる事無く彼女は云う。 「ええ、話せてますよ。だから、もっと貴方の聲を聞かせてませんか。 貴方の奏でる優しい音色に掠われてしまったのです。」 林太郎は事実を述べた。 今なら詩を詠める心理状態であった。 「私は貴方の事を識りたい、私は体が弱くてずっと外から出られなかったのです。 ……外のことはよく識りません。」 彼女は憂いに充ちた眼で林太郎を見つめた。 「貴方が識りたい外のことは俺が話します。代わりに俺は貴方にその本の内容を聴きに来ましょう。」 林太郎が交換条件を出す。 「どうしましょう、私も今同じことを考えていたんですよ。 初めてお会いしたのに通じたのですね。」 手を叩いて喜ぶ彼女の音に合わせ髪が日に透けて輝く。 前へ |次へ |
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