《MUMEI》
頭を揺らしながらすすり泣く加藤。
隆志君は愛しそうに加藤を抱きしめながら、背中を優しげにさすっている。
――これは…現実。
だって薔薇の匂いが強烈に俺の鼻孔を突き刺している。
かすみ草が風に揺れて俺の腕を撫でる。
――パズルが綺麗にはまった。
加藤を無理矢理抱いたのは隆志君…。
加藤は…
男に脅えてたんじゃなく、孤独に脅えてたんじゃないのか?
惚れた相手が傍にいてくれない、愛されない孤独に震えてただけ。
――ならば…、
俺は始めから必要じゃなかった。
いや、もしかしたら必要な存在になれたかも知れないけど、
隆志君が加藤を受け入れた以上俺にまわってくる役は何もない。
「いーちゃん、ゴメン…、加藤は俺が守る」
隆志君は俺を見据えながら真剣な表情で言った。
隆志君も俺が相談した相手が加藤だって…
きっと加藤を見た瞬間悟ったから…、そのうえで守ると言っているんだろう。
「加藤の事また泣かせる様なまねしたら…
タダじゃおかない」
「…分かってる、もう絶対泣かせない」
俺は二人に近寄ると花束を隆志君に差し出した。
「やるよ…」
無理矢理押しつけて俺は二人の横をすり抜けた。
意識して普通に歩き、角を曲がり切ったところから一気に走り出す。
自分のマンションさえ通り抜け、息が切れるまで全力で走った。
行き止まりのブロック塀に寄りかかり一気に躰を崩す。
ざらついた冷たいアスファルトが手の平に伝わってくる。
堅いブロックが俺を雑に背後から抱きしめる。
涙ににじんでぶれる三日月。
名も知らない虫の音。
「加藤…」
唇を食い縛って走った名残の鉄臭い、生臭い口の中…。
不快な失恋の味が切なすぎて…
俺はバカみたいに声まで出して…
いつまでもいつまでも泣き続けた。
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