貴方の中の小悪魔
を知る神秘の占い

《MUMEI》

なんとなく一日を過ごす事が多い。
小さい頃なんか、暇だとか退屈だとか思ったことも無かった。いつでも動き回っていたし疲れて眠ってしまうまで遊び続けた。
なのに。
私は日々の自堕落な生活にどっぷり嵌りきっている。世の中のありとあらゆるものが自分の近くを高速で通り抜けてゆく妙な感覚に襲われて、私はまたソファの上でタバコをくわえた。ライターが見つからず床に転がったマッチ箱を拾い、タバコに火をつけて燻らせた。

煙が頭の中までも浸透してくる。タバコを床に置いた灰皿に押し当てた。少し眠くなった。少し眠ろうか。
そう思った矢先だった。
玄関の呼び鈴が鳴ったのは。
ここ最近誰の訪問も受け付けなかった玄関は、今日も無言のまま訪問者を見下ろしているだろう。
私はその呼び鈴を無視し、目を閉じた。

ほんの数分のまどろみだったと思う。
目を閉じて、自分が眠りの底に落ちようとする自覚がまだあるそんな時、額に冷たい感覚がはしった。
ん?
瞳をうっすらと開けると、大きな黒い影のようなものが見えた。視界が涙目で霞んでいる様だった。
「おきたか」
「ん」
聞き慣れた声だった。
藪内勇人
この男の名前だ。
私を見下ろしまま、じっと黙っている。
私は仕方なく体を起こした。かれが缶ジュースを胸元に突き出してきた。仕方なく手にする。
「なんだ、鍵まだ捨ててなかったの」
頭がガンガンする。私は頭を振りながら尋ねた。
「まあな。こんなこともあろうかと思ってとっておいた」
「こんなことって何よ。」
私は重い頭を無理やりもたげた。
彼は部屋の中を隈なく見つめている。
「この状況を見て何も言わないやつなんているか?」
そんなことを言いながらも、こちらを見ようとはせず私に背を向けている。
「心配してくれんの」
「そうじゃない」
「じゃあ、何」
「これ」
彼はやっと私の方に向き直り、コートの中から小さな葉書を取り出した。また無愛想に突き出す。
のぞきこんで見ると宛先が私となっているだけで、差出人の名は無かった。
「なんであなたがもってるのよ。これ、私の住所だけど」
「知るか。どうせはお前のもんだからな。渡しにきたってわけだよ」
「そ」
私は彼の手から葉書を引っ手繰った。
裏返してみる。
やはり差出人の住所や名はない。
彼の視線を感じた。じっと葉書を見つめる私の様子を観察しているようだ。
「気味悪い趣味ね」
「言っておくが俺の趣味とは違うからな」
葉書の裏面には赤いインクが散っていた。それは鮮血のようにも見えた。
そしてその下に、『キミをツレて、ボクとイッショに』
と濃い赤いインクで書かれている。
「なんだこれ」
何かの勧誘だろうかと葉書を意味無く裏表確認する。そんなはずはない。
「『なんだこれ』はないだろ。こりゃ考えさせられる内容だぞ」
「そうね」
しかしこれが彼のところに届いた理由がわからない。薄気味の悪い葉書を目の前のガラス製のテーブルにほり投げた。
葉書はテーブルを滑るように進み、やがて滑り落ちた。
「おい」
「何」
「気にならないのか」
「別に」
彼は何か言いたげだったけど、私がタバコを取り出した時点でもう私から視線をはずしていた。
葉書一枚で何が変わるっていうんだ。
気味悪さとか怖さなんてものはこの気だるさに勝ることは無かった。
彼は暫く私の部屋をうろうろしては葉書の落ちた床の方を見つめていた。
「帰らないつもり」
「いや、お前がなんでもないってんなら帰るわ」
「なんでもないわよ。私なら」
「そうか」
「ええ」

私は彼の後ろ姿すら見なかった。見ることを許されていない気がした。彼は律儀にも鍵をかけていった。
私はもう一度眠ることにした。


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