《MUMEI》

◇◆◇

「朱雀、後ろだ!」

「‥?」

 貴人の声に朱雀が振り返るや否や、それは姿を現した。

「な‥っ」

 己の妖気を消すなどという事が、この妖には出来るというのか。

 不意を突かれ、朱雀はたじろいでいた。

「怖じ気づいたか朱雀」

 騰蛇の一声がなければ、朱雀はこれ程の力を発揮する事は出来なかっただろう。

 朱い焔が唸り、妖を飲み込んだ。

 そして、それを灰も残らぬ程に燃やし尽くしたのである。

「ふん、なかなかのものだな」

「何だよ、それ」

 朱雀は怪訝そうに騰蛇を振り返る。

「俺だって本気になればこれ位の事──」

 だが騰蛇はもういなくなっていた。

「ちぇ」

 そう呟きつつ、朱雀は空を見上げる。

 いつの間にか、月が出ていた。

(さっきまで月がなかったのは‥妖のせいだったのか‥?)

 ふと朱雀はそんな事を思った。

 煌煌と照らす月の明かり。

 朱雀は暫しそれを見つめ、翼を翻した。

 その後を、徐に貴人が追う。

 だが朱雀は、その事にまだ気付いてはいないのである。

「朱雀」

「貴人、まだいたのか?」

 きょとんとする朱雀に、貴人は言った。

「怪我は無いか」

「ああ、何も」

 朱雀は頷き、そして南下して行った。

 明日、皆に何を話そうか、と、そんな事を考えながら。

◇◆◇ 

朱き焔の荒ぶるを‐終

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