《MUMEI》

「眉間の皺、なくなってる」
珍しく穏やかな寝顔に
滝川はようやく全て終わったのだという実感を得る
だが、事の結末が気に掛かり、何か情報を得ようと深沢を越えた先に放置してあるリモコンへと手を伸ばす
テレビをつけてみればやはり昨日のことが大々的に取り上げられていて
見て、苦い顔を浮かべた次の瞬間
「……もう、気にすんな」
深沢が目を覚まし、滝川の手首を掴む
身体の支えが不安定になり、滝川は深沢の上へと倒れ込んでしまっていた
それを深沢がこれ以上ない程に優しく抱いて返し
背を緩やかに叩き始めた
「何、だよ。起きてんなら、そう言っ……」
驚くだろう、と文句も言い掛けで、滝川の頬を涙が伝い始めた
余程恐ろしかったのか、肩が派手に揺れ始める
それをあやしてやる様に、深沢の手は益々優しく滝川の背を撫でて
だが泣きやむ様子のない滝川
その様を眺めながら、深沢はその耳元へ何故か謝罪の言葉を伝える
「……すまん、奏」
唐突なその謝罪に、滝川は深沢を見上げ
彼に向け、小首を傾げて見せていた
「(すまん)って何がだよ?」
意味がわからない、との滝川へ
深沢は声もなくとある一点を指で差す
その先にあったのは、幻影と陽炎
仲睦まじく、戯れながら寄り添って飛ぶ様に、やはり深沢の謝罪の訳は見出せなかった
深沢の謝罪の理由、それは
助けるためとはいえ、滝川へ強制的な永遠を与えてしまった
その事に対し、深沢は再度謝罪の言の葉を呟く
「……陽炎か。綺麗なもんだな」
しかし滝川は全く別の事を言い始めながら
飛ぶ陽炎へと手を差し出した
掌にふわりと陽炎は乗り、滝川と戯れる事を始める
「……俺、後悔なんて、してねぇから」
蝶と遊びながらも声は深沢へ
ひどく穏やかなその声には笑みすら含まれていた
「……俺が死にたがったのってな、親父から逃げたかったからだから。その親父が居なくなったんなら、もう逃げる必要なんてないし。それに」
途中、わざわざ言葉を区切ると深沢を抱きしめてやりながら
「アンタとなら、永遠生きてみてもいいかもって、思ったりしてな」
満面の笑みを深沢へと向け、啄むようなキスを一つ
これから先、永遠を共に、と
誓うかの様な口付けに
深沢は微かに、そして穏やかな笑い顔を滝川へと向けた
初めて見たその表情に、滝川は何故か照れてしまい
顔を朱に染める
いつの間にか、気付かぬうちに
この男が自分にとって特別な存在になっていた事を、ようやく自覚した
蝶同士の繋がり、それ以上に
深沢を求めてしまう
「傍に置いてくれるだろ、望」
深沢の名前を初めて呼びながら、滝川は問いかけるのではなく切望していた
深沢の存在こそが、今の自分にとってここに在る理由だから
そう笑う滝川へ
深沢が否を唱えられる筈がない
「テメェがそうしたけりゃ好きにしろ」
努めて興味無さ気に返す深沢
滝川を腕の中へと抱き返し、またベッドへと横たわっていた
また眠るつもりか、との滝川からの問いに
お前も眠れ、と滝川の背をまた緩く叩きはじめた
ゆっくりと、穏やかに動くその手は
滝川には経験少なの父親の手で
段々と瞼が重たく、視界を遮っていく
結局二人揃ってまた寝入ってしまい
穏やかな寝息をどちらからともなく立て始めていた
幻影と陽炎はまるでその二人を見守るかのように周りを飛び回って
ひらりひらりと舞い遊びながら
二匹は、己が主たちの傍らから、一時も離れる事をしなかったのだった…… 終

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