《MUMEI》 本の中わたしは、その本に魅了された。 理由はよく判らないのだけれど、その本から目をはなせなくなり近づいていく。 気難しい老人がソファーに腰を降ろしているような風情が、その本にはあった。 重々しく近寄りがたい雰囲気。 でも、そこにあることが当然であり、あるべき場所にあるべきものがおさまっているような。 そんな雰囲気。 革でできた頑丈そうな表紙に守られた、重厚そうな本。 わたしは胸が高鳴るのを感じる。 恋人と口づけするときみたいに。 どきどきしながら、わたしは本をひらく。 すっと風がふいたような気がする。 真っ白なページが目に飛び込んできた。 そこには、一行だけ。こう書かれている。 「そこに誰かいるの」 わたしは、眩暈のようなものを感じた。 本に呼び掛けられた、そんな思いにとらわれる。 わたしは、ポケットからシャープペンを取り出す。そして、その本へこう書き込んだ。 「いるよ」 そして、ページをめくる。 次のページにはこう書かれていた。 「いるんだ、そこに。外の世界のひとだね」 わたしは、自分の胸がはりさけるんじゃあないかと思う。それほどわたしの心臓はどきどきしている。 わたし本と会話しているの? これはなに、どういうこと? わたしは、さらに書き込む。 「あなたは誰、本のなかのひと?」 そしてページをめくる。 答えが、そこにあった。 「わたしはエリカ フォン ヴェック。ねえ聞いて。わたしは死んでしまったの。助けて欲しい。助けてくれるのなら名前を教えて」 驚いたことに本のなかのひとは、どうやら幽霊らしい。 わたしは答えた。 「わたしは別宮理図。リズとよんで。助けるってどうすればいいの。本の中へはいるってこと?」 次のページをめくると、エリカの答えがあった。 「そうよ、リズ。こちらへ。本のなかへ来てほしい」 前へ |次へ |
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