《MUMEI》

そういう趣向の人がいることくらいは知っていたが、まさかヤイちゃんがそうだとは知らなかった……。



いや、冗談だとか?

そしたらあの後なにかしら言ってくる筈だ。

なのに、ヤイちゃんはダッシュで帰ってった。

ヤり逃げかよ……。



二日も部活に顔も出さんと、気になってくる。
ヤイちゃんいないと基本一人部活動だし。



「……こんにちは」

ずぶ濡れでヤイちゃんが入って来た。

「傘無かったのか!」

今日は天気予報大ハズレの豪雨で傘も自転車も使えない状態だ。

「スイバセン……傘は壊れるし、バスはまだ無いし、ここで待たせてください。」

上から下までびちゃびちゃだ。

「いいよいいよ、ジャージ貸すか?」

学ラン脱いでも湿っている。机に乗せられた学ランは異常な重さと音がした。

「大丈ぶぇっくし!」

会話とくしゃみと一緒くたになっている。

「着替えに物品室使っていいからほら。」

物品室は美術部員の過去の作品が詰まっている物置だ。
Tシャツとハーフパンツを投げてやる。
ヤイちゃんは大人しく着替えた。
お父さんの服着た子供みたいになっているがそこは触れないどく。


「すいません洗って返します。」

「いいよ。」

風邪ひきそうだったから気になっただけだし。

「いえ、借りたんですからちゃんと返させて下さい」

相変わらず、律義だ。

「……ヤイちゃんて……」

俺にキスしたんだよね……

「はい?」

いつもと変わらない返事だった。

「何でもない。」

そうか、欧米式の挨拶とか何かか。
気にしたら駄目だよな。

「えー、気になる。」

俺のが気になるよ。
ヤイちゃん、あまりに普通過ぎるんだもの。

「そうだ、お腹空いた?見てチョコレート。」

板チョコを一欠けら割って唇へ差し出す。
なんともないなら、普通に食べる筈だ。

「……え。」

「食べたまえ。」

「……え。」

同じ言葉繰り返している。
「要らないなら俺食べるよ」

「要ります!」

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