《MUMEI》

鮮やかな薄紅が辺りに満ちていた
ひらりひらりと舞ながら夜毎に人を死に誘う。
降られる花弁に塗れながら
鮮やかな死に、興じましょう……

桜の花も散りかける卯月の終わり
その薄紅に降られながら、瑛 雪月はその様を屋敷の縁側に腰を降ろし唯ぼんやりと眺め見ていた
「もう散りますか。今年は随分と早く散りますね」
舞い散る花弁を一枚
己が手の平へと受け止めると名残惜し気にそう呟いて
その彼の前へ、何故か突然に大量の桜の花弁が降って散る
だが雪月は動じることはせず、穏やかな笑みを浮かべながら背後へと向き直った
そこに居たのは一人の少女
「……雪月は、桜好き。雪乃、花びら集めたの」
か細い声で呟きながら差し出してくる幼い手の平
そこに残る花弁に、雪月は更に笑みを浮かべ、少女・雪乃の髪を撫で始める
「これを、俺に?」
くれるのか、と改めると雪乃は頷いて
手の平の桜を全て散らすと雪月の膝の上へ
座るなり、船を漕ぐ事を始めていた
「雪乃、寝るなら床へ行きましょうか。風邪を引いてしまいますよ」
微かに肩を揺らした雪月は、雪乃を抱え立ち上がる
その直後
それまで穏やかに舞っていた薄紅達が突然に真紅へと色を変える
突然の変化に雪月は身を構え
花雨の降るその奥に、人の影が見えた
素足で庭へと下りた雪月がその影へと歩み寄ってみれば
人影は瞬間に帯刀していたらしい刀を抜き、雪月へと襲いかかってくる
刃が重なる金属音が響き互いの距離が近く迫れば
その人物の顔がようやくはっきりと見えた
「……御頭首!?」
二年前に病没した筈の雪乃の父親で、雪月が仕えていた主
見間違いかと雪月は目を疑い、だが重ねた刃から感じる力はそれが現実のモノであると実感させる
「何故、あなたが此処に?」
問うても返答はなく
返ってくるのは剣戟
雪月は近くで未だ眠る雪乃に害が及ばぬよう、何とかそれを防ぎ止めていた
「……雪月、どうかしたのですか?」
その騒ぐ音に、屋敷の奥から現れた一人の女性
その方へと、僅か気を逸らした、次の瞬間
刀が強い力で弾かれた
弾みで後方へと雪月は飛ばされ、屋敷の柱へと身体を打ち付けてしまう
「雪月!?」
「来ないで!来ては駄目です!」
近く駆けて来ようとした彼女をその場に制する雪月へ
相手からの刃が、また振って下ろされた
それを、返した刃で弾きながら
「……御頭首、一体何に迷っておいでなのですか?死人であるあなたが、現所に迷い出てしまう程に」
雪月の問う声に、相手の動きが瞬間止まる
ゆるりと視線が巡る事を始め
その視線は、縁側にて眠る雪乃へと向けられた
「……見つけた。桜の門扉の鍵」
一人呟きながら刃を雪乃へ
構えて向けられ、それを雪月が見逃すはずは当然ない
素早く背後へと回り込むと、刀を相手の首筋へと当てていた
「何を、なさるおつもりですか?御頭首」
「……コレは鍵だ。殺さぬ限り扉はひらかぬ」
「仰っている意味が分かり兼ねます」
「雪月、お前は賢い男だった筈。私の言っている意味が分からぬか?」
「残念ながら」
「そうか。ならば!」
言い終わり、そして突然に舞う事を始めた桜の花弁
大量に舞うそれに、雪月の視界は瞬間遮られ
僅か出来た隙に、相手は雪乃の下へ
「……あと一人。後一人殺せば桜の門扉、私たちの牢獄の戸であるソレ開く。だから、お前さえ死ねば、私達は……」
「雪乃!」
女性の叫ぶ声と、肉が斬り落とされる音が同時
雪乃の首が土の上へと落ち
だが血液は一滴も飛び散ることはなく、雪乃の身体はその瞬間に桜の花弁へと姿を変えていた
風に攫われ散り散りに舞う
「……これでいい。これでこの世は花弁に満たされていく。全てが死に逝くことになる」
言葉の内に段々と笑みを含ませながら呟いて
刀を鞘へと収めると、突然に吹きつけた花風に身を隠し、その姿は消えていた
後に残された二人
暫くの沈黙の後、女性の泣き叫ぶ声が鳴り始める
「雪乃……、どうして。何故雪乃が……」
「奥方様……」
「桜の門扉、一体何の事なの……?」
意味が分かる筈もなくうろたえるばかりの女性
雪月も同様に、立ち尽くすしかできず、取り敢えずは青ざめた顔をした女性を床へと寝かしつけてやり、そして屋敷の外へ

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