《MUMEI》
エリカの物語 4
緑の王、
森の王。
その巨大な身体は、様々な草木に覆われてあたかも立ち上がった森のようだ。
バフォメットの証である、大きな山羊の角が頭部で弧を描いている。その角は夜明けの太陽のように金色の輝きを放ち、山羊の瞳は老賢者のような黒曜石の光を秘めていた。
動く森。
その巨体は身体に寄生する草木をざわざわ揺らしながら、ゆっくりと黒の剣士へ近づく。
森の王は、空気の重さを操る。
ずしりと。
黒衣の剣士が佇む周りの空気が、重さをます。
深海へ沈み込んだように。
粘塊と化した空気が剣士の足を止めた。
その動きが止まった剣士へ、黄金の乗り手が操る鞭が襲い掛かる。
辛うじて漆黒の剣を振るい、鞭をかわす。
狼が哄笑した。
「同じではないか、フォン ヴェックの娘よ。諦めろ、早いうちにな」
わたしは、無理矢理笑う形に唇を歪める。
「判ってないね」
わたしは叫んだ。
「日出男、黄金の騎士はまかしたわよ」
無茶な話ではあるが、日出男は黙って頷くと黒の剣士の前に立った。
日出男の軍刀が鞭を弾く。
しかし、この重たい空気のなかでは長く持たないだろう。
わたしは、脳裏に本をイメージする。
本はわたしの手の中へ、顕れた。

「book of saturday」

その本を開くと、文字を書き込む。

「リズ、そこにいるのよね」

答えが浮かび上がった。

「いるよ、エリカ」

本を掲げてわたしは叫んだ。

「フォン ヴェックの名において召喚する。別宮理図、我が前へ姿を顕せ」

金色の光が一瞬、あたりを照らす。
その光の中心から、一人の少女が歩み出た。
彼女の学校の制服であるブレザーとスカートを身につけ。
わたしと同じ顔。
その顔に傲慢な笑みを貼付けていた。
「はぁい、エリカ」
日出男は肩から血飛沫をあげ、膝をつく。
わたしは、赤いカードをリズへ投げる。
「読んでたなら、判るよね。呼びなさい、赤の女王を」
リズは頷くとカードを掲げて叫ぶ。
なぜか邪悪に見える笑みを浮かべ。

「古の契約に基づき汝を召喚する。クイーン オブ レッド」

残酷な赤の女王。
深紅のドレスを纏った女が出現する。
狼が呻きをあげた。

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