《MUMEI》
理想の旦那様
(あ、衛さんだ)


仕事帰りの咲子さんの旦那様を見かけた。


衛さんは、駅前の信号右折ではなく、左折して、少し行ったところにある製造関係の会社に勤めていた。


この辺りでは、電力会社の支社と同じくらい有名で、大きな会社だった。


私は声をかけようとしたが、自転車通勤の衛さんは、すぐに私の前を通り過ぎた。


と思ったら。


…わざわざ戻ってきて、私の目の前で停まった。


「今帰りですか?」


「うん。あれ?咲子は?」


「家にいますよ」


「そう? じゃあ…」


「え?」


衛さんは、私が持っていた、二つの荷物の中で、野菜や果物が入った咲子さんお手製のエコバックを、自転車のカゴに入れた。


「す、すみません」


「いいよ、ついでだから」

衛さんは、笑顔で自転車をこいで行った。


(う〜ん、大人だなぁ)


さりげなく、重い方を持って行ってくれた。


私は感心しながら、豆腐と玉子と魚の入ったビニール袋を持ちながら、『クローバー』に戻った。


衛さんは荷物をきちんと分類して、厨房の冷蔵庫に入れておいてくれた。


多分、咲子さんをいつもこうしてさりげなく支えているんだろうと思った。

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